コラム 【ナッジ入門編2】ナッジのつくり方1 2021/10/22 10:00
特定非営利活動法人PolicyGarage事務局 長澤美波

前回は、ナッジの意味や政策立案の現場で広がった背景について解説しました。今回は、ナッジのつくり方や活用の注意点をお伝えします。
◇実践まで3ステップ
横浜市行動デザインチーム(YBiT)は、ナッジ実践までのプロセスを①行動特定②認知バイアスの特定③ナッジの考察と試行-の3ステップに分けています。
一つ目のステップの「行動特定」では、ナッジによる行動変容を促す具体的な行動を顕在化させます。市税の口座振替の申込数を増やす事例で考えてみましょう。
「口座振替納税の申し込みをしてもらう」のが最終目標ですが、行動は漠然としています。ナッジを検討する具体的な行動を設定するには、口座振替納税の勧奨通知を受け取ってから、実際に申し込むまでの一つひとつの行動を、細かく洗い出すことから始める必要があります。
例えば「通知が届く」「通知に気が付く」「通知を開封する」「通知を読む」「内容を理解する」「申し込もうと決める」「申請書を書く」「返信用封筒に入れる」「ポストに入れる」-と分解します。いかに細かく分解できるかが成功の肝となります。さらに、行動を分解した図表(「行動プロセスマップ」)を作ります。

二つ目のステップの「認知バイアス」とは、前回で触れた、人間の思考の癖のことです。最初のステップで作った行動プロセスマップに示した一つひとつの行動の中に、最終目標となる行動を妨げる認知バイアス(阻害要因)はないか、また、行動変容を促進する認知バイアス(モチベーション要因)はないか検討します。
横浜市戸塚区の口座振替納税勧奨の事例では、通知の文章量が多く、具体的な申し込み方法が一目で分からないという阻害要因に対し、手続きフローを3ステップまで単純化し、絵で説明することで申込率を倍増させました。
三つ目のステップは「ナッジの考察と試行」です。
2010年に英国行動洞察チーム(The Behavioural Insights Team、以下、英国BIT)が設立されて以来、世界各国で数多くのナッジの実験があり、効果が生じた手法がいくつも確認されています。また、各国のナッジユニットが検討のプロセスや手法をフレームワークにまとめています。
環境省が事務局を務める日本版ナッジユニット(BEST)やYBiTは、東北学院大の佐々木周作准教授が提唱する「デフォルトの変更」「損失の強調」「他人との比較」「コミットメント」の4分類や、英国BITが作成したEAST🄬フレームワークを活用し、ナッジの検討をしています。EAST🄬フレームワークは、EASY(簡単に)、ATTRACTIVE(印象的に)、SOCIAL(社会的に)、TIMELY(タイムリーに)の頭文字を取ったものです。
「ナッジの考察と試行」については、次回でもう少し掘り下げて説明する予定です。
◇活用の注意点
では、ナッジ活用で注意すべき3点をご紹介します。
まず、ナッジは万能ではないということです。ナッジには、適した事業・業務があります。情報的手法(普及啓発)、財政的手法(補助金、罰金など)、規制的手法(法令、罰則など)といった伝統的な政策手段と併せて検討することが一般的であり、行動変容で解決できなければ、他の政策手段を考える必要があります。
次に、倫理面の配慮が必要です。ナッジを活用すれば、意図的に人や集団の行動を変えることになります。ナッジする方向性が社会的にコンセンサスを得られているか、検討・実施プロセスが透明化されているか(特にランダム化比較試験による実証実験を伴う場合)など慎重な対応が不可欠です。実証実験についても次回説明します。
ただ、既存の政策の利用方法が煩雑だったり、広報や通知が分かりづらかったりすると、住民の行動変容の阻害要因になっているかもしれません。その阻害要因の方が倫理的に問題かもしれないという視点を持つことが大切です。
最後に、ナッジ活用と効果検証はセットであるということです。一つの事例に対し、さまざまなナッジが考えられる一方、実際当てはめてみると効果がない場合があります。たとえ介入結果に変化があったとしても、実際の人間の行動にはさまざまな要素が複雑に絡んでおり、適切な効果検証をしなければ、ナッジによる効果だと断定はできません。ナッジが、根拠に基づく政策立案(EBPM、Evidence-based Policy Making)と親和性が高いと言われるのはこのためです。
また、人間の心理特性を利用するため、ある国で効果が出たナッジでも、日本人の心理特性にはなじまない可能性があります。国内でも地方によって異なるかもしれません。年代や性別でも効果的なナッジは異なります。それぞれの場面に有効なのか都度検証することが重要です。
ナッジは、1回の導入結果に一喜一憂するのではなく、適切な効果検証や原因分析によってトライ&エラーを繰り返しながら、ブラシュアップしていくものです。上記の注意点を念頭に置きつつ、まずは始めてみることが大事です。(了)
- ◇長澤美波(ながさわ・みなみ)氏のプロフィル
- 2009年に横浜市に入り、税担当、災害時要援護者支援担当、地域包括ケアシステム担当などを経て現職は横浜市健康福祉局生活支援課生活困窮者支援担当係長。横浜市行動デザインチーム(YBiT)副代表や特定非営利活動法人PolicyGarage事務局も務める。19年7月からYBiTに参加し、研修講師や事例支援を担う。

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