コラム 【ナッジ入門編3】ナッジのつくり方2 2021/11/23 17:30
特定非営利活動法人PolicyGarage事務局 長澤美波

今回は、前回予告した通り、「ナッジの考察と試行」についてさらに解説します。
まず、英国行動洞察チーム(The Behavioural Insights Team)が作成したEAST??フレームワークの、EASY(簡単に)、ATTRACTIVE(印象的に)、SOCIAL(社会的に)、TIME?Y(タイムリーに)という4要素についてです。
◇EASY(簡単に)
①デフォルト機能の活用
人には、デフォルト(初期設定)をそのまま変更しない傾向があります。臓器移植の同意率は、希望しない人が申し出る「オプトアウト方式」を採用する国と、希望する人が申し出る「オプトイン方式」の国とでは大きく異なります。オプトアウト方式の方が同意率は高水準になるとする調査結果があります。デフォルトの設定によっては強力なナッジになります。何をデフォルトとするかは慎重な検討が必要です。
②面倒な要因の減少
オンラインショッピングは画面を遷移するごとに実際に購入する割合が下がります。行政手続きでは、申請書の記入部分や添付文書を減らすといった工夫で制度の利用者が増えるのではないでしょうか。
③メッセージの単純化
行政からのお知らせは正確性にこだわるあまり長くなりがちです。単純化のポイントを以下のように五つにまとめました。これらはあらゆる場面で活用できます。
1 重要な内容は件名か最初の文で
2 言葉をシンプルに
3 動作指示を具体的に
4 問合せ先を一元化
5 真に必要な情報に限定
◇ATTRACTIVE(印象的に)
①関心を引く
魅力的なデザインであったり目立つものであったりすれば、目に留まる可能性が高くなります。手書きのメッセージを添えた場合、封筒の開封率が上がったナッジ事例も報告されています。
②インセンティブ設計
抽選による賞金(品)は費用対効果の高いインセンティブです。当たる確率を実際より高く見積もる傾向があるためです。製品やサービスの希少性を強調するのもインセンティブの一種です。
◇SOCIAL(社会的に)
①社会規範の提示
人は多くがある行動をしていることを知ると、同じ行動をする傾向があります(同調効果)。「既に90%の人が提出しました。」というリマインドは強力なメッセージです。
②ネットワークの力の活用
行動変容を考えるときは、個人だけに焦点を当てるのではなく、ネットワークも考慮に入れるべきです。ネットワークは人の相互作用や互恵関係などに訴え、人々の行動に影響します。
③周囲に公言させる
公の場にいたり、他人に公言したことをせずにいたりすると、心理的な抵抗を感じます。禁煙やダイエットをする場合、友人や家族に宣言してから始めると成功率が上がります。
◇TIMELY(タイムリーに)
①介入のタイミング
転居、結婚といったライフイベントは、行動変容をするきっかけとして、良いタイミングです。また、手洗い推奨のポスターは、手を洗うタイミングの直前に目に入る場所にあった方が効果的という実験結果があります。情報を与えるタイミングのコントロールはとても大切です。
②現在バイアスを考慮
人は長期的な利益・コストより短期的な利益・コストを大きく評価する傾向があります。長期的な利益・コストに目を向けてほしいときは、強調したり分かりやすく表示したりすることが効果的です。
③対処方針を事前に計画
具体的な計画を立てると、実行する確率が上がります。先送りしそうな予定がある場合、いつやるかを決めて予定表に書き込めば効果的です。
◇ナッジの設計
ナッジを設計するときは、行動の特定、認知バイアスを特定(第2回コラム参照)した結果を受け、細分化した行動のうち、どれに介入するかを決めます。主な決め方は▽行動変容で解決できることか▽介入に倫理的な課題はないか▽必要なデータを取ることができ、効果検証が可能か――などです。
次に、介入する具体的な行動に対し、取り入れられそうな方法や先行事例を組み合わせ、具体的なナッジ案を検討します。EAST??を使う場合、4要素のすべてを入れる必要はありません。取り入れるナッジは複数でも構いませんが、欲張りすぎると情報量が増え、EASYではなくなる可能性があります。
ナッジ案ができればいよいよ実施です。その際、併せて効果検証が必要です。
◇効果検証
効果検証の手法はさまざまですが、ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial、以下RCT)は信頼性が最も高いと言われています。
RCTとは、試験する集団をランダムに二つ以上の集団に分け、それぞれに介入して比較する試験です。例えば、申請してほしい制度の対象者をA、Bに分け、Aにナッジメッセージ、Bにいつも通りのメッセージを送付し、申請率を比較します。ランダムに分けられたグループには、統計上、属性などの条件に偏りがないと判断するため、結果に差があれば、それはナッジによる効果であると言えます。
RCTは信頼性の高い手法である一方、RCTの知見を持っている行政現場は多くないため、専門家や大学、民間事業者などとの連携が求められます。行政施策の効果検証は、客観的な証拠に基づく政策立案(EBPM)推進と併せ、今後ますます求められていくでしょう。
とはいえ、ナッジ実施のたびにRCTを実施するのも現実的ではありません。条件などをできる限り調整した上で、前年比較といった簡易な方法でも構いませんので、効果検証してナッジに効果があったかどうか確かめ、PDCAサイクルを回すことが大切です。(了)
- ◇長澤美波(ながさわ・みなみ)氏のプロフィル
- 2009年に横浜市に入り、税担当、災害時要援護者支援担当、地域包括ケアシステム担当などを経て現職は横浜市健康福祉局生活支援課生活困窮者支援担当係長。横浜市行動デザインチーム(YBiT)副代表や特定非営利活動法人PolicyGarage事務局も務める。19年7月からYBiTに参加し、研修講師や事例支援を担う。

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