2023/令和5年
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コラム 【いま公務の現場では3】公務員と「ジョブ型」 2021/11/17 17:30

人事院事務総局企画法制課長 植村隆生

人事院企画法制課長 植村隆生氏

 先日、「ジョブ型VSメンバーシップ型―日本的雇用制度の未来」をテーマにオンラインのシンポジウムが開かれました。

 清家篤慶応大名誉教授(日本私立学校振興・共済事業団理事長)、濱口桂一郎労働政策研究・研修機構研究所長、中村天江リクルートワークス研究所主任研究員(当時)という、そうそうたる講師が、業務と職責を明確にした「ジョブ型」雇用を論じることもあり、200人近い視聴者が参加しました。

 私もパネリストに名を連ね、公務員制度と日々向き合う立場で日ごろの思いをお話ししました。それも踏まえて今回は「公務員と『ジョブ型』」をテーマにします。

◇注目を浴びるジョブ型

 昨年来、コロナ禍で在宅勤務やテレワークが増えた結果、上司による目視や部下との日常的コミュニケーションを前提とした従来の業務管理や労働時間管理、人事評価に支障があるとの声が多くの企業で上がり、ジョブ型に注目が集まりました。

 人事院の総裁や人事官が各界の学識経験者と意見交換する「参与会」の2021年7月の会合でも、民間企業の経営者から「公務員でもジョブ型採用について検討いただきたい」「既にいろいろな会社が制度設計を始めている」「恐らく4、5年の間には実行する会社がどんどん出てくる」といった話が出ました。

 一般的には、わが国の多くの企業が導入している「人」中心の雇用システムをメンバーシップ型とし、「仕事」中心の雇用システムをジョブ型と呼びます。さらに言うと、幅広い教育訓練や配置転換などのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)によって、できる限り多くの職務を遂行できる労働者を育て、実際の職務範囲を広げるのがメンバーシップ型。仕事(職務)の内容を細分化し、それぞれの専門性を有する労働者をその仕事に割り当てるのがジョブ型のイメージです。

◇公務員制度とジョブ型

 1947年に制定された国家公務員法は、戦前の「人」中心(メンバーシップ型)から「職務」中心(ジョブ型)の人事管理への転換を企図し、その核として「職階制」導入を想定しました。

 これは、約80万(当時)の官職(ポスト)を人事院が調査して職務記述書(ジョブディスクリプション)を作り、126の職種と職種ごとに3~8程度の職級に分類する壮大なプランでした。職階制による官職分類を介して任用等級と給与等級を統一的に格付けし、新卒一括採用・終身雇用的な人事管理ではなく、個々の官職に欠員が生じた場合に公務内外に公募し、適任者を任用する仕組みでした。

 しかし、50年代にかけて人事院を中心に検討が進められたものの、職階制は実現しませんでした。理由はさまざまです。厳格な官職(職務)中心主義やそれぞれの職務の適任者(専門家)を公募で任用する開放的な人事システムの考え方が、当時の組織の在り方や人事風土と合いませんでした。人事管理を担う各省庁にとってメリットが感じられないばかりか、人事権の制約になりかねないと警戒され、支持が得られなかったと伝えられています。

 職階制は、それから約半世紀後の2007年の法改正で形式的にも廃止されました。

◇公務員人事管理の変化と対応

 一方、典型的なメンバーシップ型である公務員の人事管理にも、最近、新しい風が吹き始めています。中途採用者や任期付き採用者の増加です(14年4690人⇒20年6730人)。

 民間企業での経験や、高い専門能力を有する人材(弁護士、公認会計士、大学教授など)を公募で一定の期間採用し、特定の業務に従事させる任期付き採用のニーズは、霞が関を中心に着実に増えています。これは一種のジョブ型的な雇用形態です。

 また、政府は21年3月に示した人事管理運営方針で「幹部職員及び管理職員への公募については、公募の取組の成果について、しっかりと検証を行った上で、公募の拡大に取り組む」としました。9月に誕生したデジタル庁は、官庁と民間企業との間で職員が行き来する「回転ドア」の人事を標榜し、発足時の約500人の職員のうち民間人材が非常勤採用も含め約200人を占めています。

 こうした任期付き採用や非常勤採用、幹部職員などの公募拡大には、民間の手法や最先端の専門的知見を行政に取り込む積極的な意味合いがあります。

 一方、中途採用者の増加には別の側面もあります。10年代前半の採用抑制や若手の中途離職者が増えている影響で実務の中心となる課長補佐や係長が不足し、外部人材で穴を埋めないと仕事が回らないのが現実です。そのため、総合職、一般職の課長補佐、係長クラスの中途採用が増加しているのです。

 少子化の進行や若い世代の価値観の変化、公務員人気の低下により、戦前から続く公務員のメンバーシップ型雇用は今、正念場を迎えています。

 ここを乗り切るには、長時間労働の是正やキャリア形成支援、両立支援策の充実など働きやすい職場環境づくりの取り組み、より多くの学生が受験しやすい採用試験など、あらゆる施策を動員する必要があります。若い世代が自発的なキャリア形成を志向し、「就社」より「就職」、「ジェネラリスト」より「スペシャリスト」に引かれるご時勢です。ポストごとの職務の明示と省内外への公募、キャリアパスの明確化など、ジョブ型の要素を取り入れることも一考に値すると考えます。(了)

◇植村隆生(うえむら・たかお)氏のプロフィル
1972年東京都生まれ。東京大学法学部卒業。人事院に入り、給与局参事官、同生涯設計課長、同給与第三課長、人材局企画課長、事務総局企画法制課長を歴任。総務省、産経新聞社、米国ワシントンDCでの勤務経験もある。

【いま公務の現場では】

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