2023/令和5年
327日 (

コラム 【地域のよさを伝える4】「メインターゲット」という視点の重要性 2021/12/03 17:00

関東学院大学法学部准教授・社会情報大学院大学特任教授 牧瀬稔氏

関東学院大学法学部准教授・社会情報大学院大学特任教授 牧瀬稔

 シティプロモーションを進めて成果を出している地方自治体があります。「成果を出している」とは「設定した政策目標を達成している」ということです。

 今回から数回は、シティプロモーションを成功させる視点を紹介します。これから言及する内容に「そんなことは当たり前だ」と思う読者が多いでしょう。しかし、「当たり前のことができていない」現状があります。当たり前のことができないため、シティプロモーションが成功の軌道に乗らないのです。

◇「眠いプロモーション」に注意

 以前、筆者はある市のシティプロモーション担当者と意見交換しました。担当者は熱心に地域(市)のアピールをします。「おいしい地元料理があります」「海の幸や山の幸に恵まれています」「教科書に載るくらい歴史的資源も多数あります」「気候も温暖で、とても住みやすい地域です」「もちろん、いい人ばかりです」など次から次へと、自治体の特長を訴えてきます。

 「シティプロモーションを成功させたい」という熱い思いは伝わってきました。シティプロモーションに限らず、自治体職員の「熱い思い」は絶対に必要です。自らの職場や対象とする地域が「好き」でなくては、政策の実効性は担保されないと考えるからです。 ただ、シティプロモーションの場合、冷静に捉える必要もあります。担当者のたくさんの「ここがいい!」を総括(総合)すると、「人、自然、歴史に恵まれるやさしいまち」というキャッチフレーズ(ブランドメッセージ)になります。

 皆さんに質問です。この「人、自然、歴史に恵まれるやさしいまち」というキャッチフレーズを聞いて、「その場所に行ってみたい」や「その地域に住んでみたい」と思う人は、どれくらいいるでしょうか。筆者は「ほとんどいない」と推測します。

 ここで例示した「人、自然、歴史に恵まれるやさしいまち」のようなキャッチフレーズを「眠いプロモーション」と言います。

 眠いとは「抽象的で、他の地域(自治体)にも転用できる」という意味です。「あれもこれも」という発想は「総花的」です。確かに総花的は、決して悪いことではありません。しかしシティプロモーションにおいては、「総花的=魅力がない」を意味します。 そもそもキャッチフレーズの意味は「広告や宣伝で、感覚に訴え、強い印象を与えるように工夫された短い文句」です。何よりも「強い印象を与える」ことが大切です。総花的では、強い印象を与えることはできません。

 眠いプロモーションと真逆の概念は「尖ったプロモーション」です。「尖った」とは「訴求効果のある」という意味です。訴求とは「宣伝・広告などによって買い手の欲求に働き掛けること」や「読者・視聴者など限定された対象に効果的に訴える力」と定義できます。

 みなさんの自治体のシティプロモーションは尖っていますか(既存の多くのシティプロモーションは眠いものばかりです)。

◇メインターゲットの決定

 「そうか尖ればいいのか…。それならば『日本一不愛想な市役所』にしよう!」と、やみくもに尖ればいいわけではありません。「日本一不愛想な市役所」は間違いなく尖っています。しかし「独りよがり」の尖ったプロモーションです。民間企業の場合、独りよがりの商品やサービスの提供ばかりでは、倒産へ突き進んでいくことになります。

 重要なのは①メインターゲットを明確に②メインターゲットに刺さるように――尖っていくことです(さらに言うと、メインターゲットの行動変容を促すことが重要です)。

 ところが、せっかく尖っているのに、メインターゲット志向ではないため、誰を狙っているのか分からず、空回りするシティプロモーションがあります。もったいないことです。

 どうも自治体はメインターゲットを決定することが苦手なようです。これに関連して、筆者は「公平性の呪縛」という概念を使っています。地方自治の現場に行くと、何事も「公平性」が指摘されます。シティプロモーションも公平性を基本にすると、すべてを対象に満遍なく実施します。それが総花的になる一要因です。

 公平性を否定する意図はありません。ただし、あまりにも公平性に縛られているような気がします。この状態を「公平性の呪縛」と称しています。

 職員は「自治体の事業は公平性が基調だから…」と言います。「その公平性の法的根拠はどこにありますか」と聞くと、明快に答えてくるケースはほとんどありません。地方自治法に「公平に実施しなさい」とは、どこにも書いてありません(地方自治法に「公平」という言葉は24回登場します。すべて「公平委員会」です)。

 現在、子どもの医療費の補助に関して、多くの自治体が所得制限を設けています。もし「公平性」が基本であるならば、本当は所得制限を設けず、すべての住民に実施するべきでしょう。この事業は公平の観点からではおかしいことになってしまいます(極論と思いますが、問題提起の意味を込めて言及しました)。

 自治体の事業で、実は不公平な取り組みはたくさんあります。ただ、シティプロモーションに「公平性の観点からおかしい」などと言うのは、「自分勝手な公平理論」を振りかざす職員です。これは「都合のいい公平論者」とも言えるでしょう。

 だからと言って、不公平にするべきだと言っているわけではありません。対象者をすべてにしつつ「メイン」を決めるのがシティプロモーションです。筆者は「メインターゲット」と称しています。

 シティプロモーションを成功させたいのならば、「メインターゲット」という視点が重要になります。(了)

◇牧瀬稔(まきせ・みのる)氏のプロフィル
法政大学大学院人間社会研究科博士課程修了。博士(人間福祉)。民間企業や神奈川県横須賀市都市政策研究所、財団法人日本都市センター研究室、財団法人地域開発研究所研究部などでの勤務を経て17年から関東学院大学法学部准教授。19年から社会情報大学院大学特任教授。公的活動としては、東京都新宿区や岩手県北上市、埼玉県春日部市、愛媛県西条市など多くの自治体でアドバイザーをしている。

【地域のよさを伝える】

同一カテゴリー記事

  • 【地方議会めぐる新潮流2】オンラインで質問可能に 2023/03/17 10:00

     総務省は2月7日、自治行政局行政課長通知を出し、本会議での一般質問について、出席が困難な事情で議場にいない議員がオンラインによる方法を取ることは差し支えないと新たな判断を示しました。これまで委員会でのみ可能とされたオンラインによる会議運営が、一部ですが本会議でもできるようになりました。甲府市議会議員 神山玄太

  • 【職場が輝く知恵とワザ2】言葉で人は動き出す 2023/03/06 10:00

     リーダーとして自分の仕事を見せて語り、相手をうならせるには、自分自身が使う言葉の力が物を言います。言葉による伝わり方にはプロセスがあります。

  • 【シティプロモーション再考2】根拠は何か 2023/02/21 11:00

     今回から全国の自治体を対象としたシティプロモーションに関するアンケート調査の結果を記します。注目すべき設問と回答を抽出し、私の見解を述べます。それぞれを確認した後で、読者なりに考えていただけたら幸いです。関東学院大学法学部准教授・社会構想大学院大学特任教授
    牧瀬 稔

  • 【新連載】【行政×ナッジの可能性1】自治体での広がり 2023/02/08 17:00

     新連載「行政×ナッジの可能性」は、ナッジを現場にもう一歩広め「毎日の業務に使ってみたい!」という意欲を後押しするのが狙いです。行政分野の関心事・ホットトピックスをテーマとして取り上げ、それらに関わる事業・業務や課題解決にどのように使えるのか考えていきたいと思います。

  • 【新連載】【地方議会めぐる新潮流1】地制調から浮かぶ課題1 2023/01/31 11:00

     昨年12月28日、内閣総理大臣の諮問機関である地方制度調査会は「多様な人材が参画し住民に開かれた地方議会の実現に向けた対応方策に関する答申」を岸田文雄首相に提出しました。地方議会にスポットが当ったのをきっかけに、改めて課題を整理し、解決に向けた対応について新しい連載で考えてみたいと思います。甲府市議会議員 神山玄太

  • 【新連載】【職場が輝く知恵とワザ1】自分で職場を経営しよう 2023/01/20 11:00

     「いよいよ私も『長』のつくポストに」「とうとう自分も管理職」…。知識と技量を生かして活躍する主査・主任や、部下の指導と現場の対応に多忙な主幹・係長の方々には、期待とともにさまざまな不安があると思います。仕事でも人間関係でも、気になったり心配だったりする気持ちを拭い去るため、今からやっておくべきことは何でしょうか。現場リーダーや管理職として配慮すべき点もあります。日々の心構えや、どんな働き方、過ごし方をすればいいのかも知りたいでしょう。静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹

  • 【新連載】【変わり始めた公務組織1】テーマをピックアップ 2023/01/10 11:00

     新連載「変わり始めた公務組織」を執筆する人事院の植村隆生です。若い公務員や就職先に国や自治体を考えている学生の皆さんを主な対象に、キャリアプランを考える際の参考になる情報を提供したいと思います。人事院事務総局企画法制課長 植村隆生

  • 【新連載】【シティプロモーション再考1】自治体実態調査のプロローグ 2022/12/23 11:00

     本連載のテーマは、地方自治体が展開するシティプロモーションの実態の考察です。素材は、全国の自治体を対象にしたアンケート調査です。その回答に加え、私が実施したヒアリングを基に一定の見解を示します。関東学院大学法学部准教授・社会構想大学院大学特任教授
    牧瀬 稔

  • 【ナッジ入門編11】連載から顧みる基本と実践 2022/12/13 11:00

     本コラム「ナッジ入門編」で、これまで10回にわたってナッジの基礎知識や行政現場での活用事例を紹介してきました。今回は、これまでの内容を振り返り、入門編の総括とします。この連載は、行政現場へのナッジ普及を目指す特定非営利活動法人PolicyGarageが執筆・依頼しています。PolicyGarage事務局/慶応大学看護医療学部特任助教 赤塚永貴

  • 【公務員の段取り力12】マネジメントは自らの手で 2022/12/02 11:00

     これまでさまざまな視点やケースを基に、公務員の仕事や日常の段取りについて述べてきました。今回で連載を一区切りにします。まとめとして私がお伝えしたいのは「自分の職業人生は自分でつくり、自分がマネジメントする」ということです。静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹