コラム 【ナッジ入門編4】実践1:「見てもらえる」通知の作り方 2021/12/08 17:00
特定非営利活動法人PolicyGarage事務局 勝山明日香(神奈川県茅ヶ崎市)

これまでは【入門編】としてナッジ普及の経緯や基本的な考え方をお伝えしてきました。今回から実践編です。行政現場でナッジを活用した事例について、各地の自治体のリレー方式で紹介します。まず、第2回コラムで触れたEASTというフレームワークを使って、神奈川県茅ヶ崎市が通知を改善した事例を取り上げます。
◇分かりづらい行政文書
通知の類いは、行政のあらゆる施策分野で使われる、最も身近で重要な市民とのコミュニケーション手段です。しかし、行政文書には独特の雰囲気(形式、言い回し)があり、慣れとともに鈍感になってしまいますが、一般的な感覚で見つめ直すと「分かりづらい」「読む気がしない」場合も少なくありません。もっと伝わりやすくできないかと歯がゆい思いをされている若手職員もいると思います。
なぜ読みにくいのか。それは、完璧な人間を想定して作られた文書だからかもしれません。先延ばしせずに開封し、郵便物を一つ一つ読むゆとりが十分にあり、タイトルだけでなく注意書きも含め隅から隅まで目を通してくれる人。日常会話では使わないような語彙や、利益とリスクを適切に理解し、合理的に判断して、文章から丁寧に手順を読み取った上で、行動に移す気力のある人。そんな人はそうそういないはずです。たとえ時間的余裕があっても、他の多くの魅力的な物事に囲まれて生きているのですから。
ナッジは「面倒くさいことはしたくない・できない」という人間らしい思いに寄り添う手法です。「人の行動を変容させる」というと何かおこがましいですが、ナッジや行動経済学を学ぶことで、「伝える」行為の中に、いつの間にか受け手の視点が組み込まれていくはずです。
今回紹介するのは、市民にアンケートの回答を依頼する通知です。市民の意識・感覚やニーズを調査する際、無作為抽出で回答をお願いする手法がよく用いられますが、回答率は多くの場合芳しくありません。私がかつて所属していた課も、所管の条例(自治基本条例と市民参加条例)の認知度やその改善の方向性を探るため、定期的にアンケート調査をしていました。多くの回答が得られれば、より正確に市民ニーズを把握でき、より市民本意の市政につながり得るのですが、回収率は30%程度にとどまっていました。通知を受け取る市民の行動プロセスを考えた時、依頼文を読み解く段階でつまずく人が多いのではないかと推測し、ナッジを活用して改善すれば、より多くの方に回答してもらえるのではないかと考えたのです。
◇情報をそぎ落とす
EASTとは、前回の説明にあったように英国の公的ナッジ専門組織「行動洞察チーム(The Behavioural Insights Team)」が提唱したフレームワークです。EASY(簡潔にすること。複雑さや面倒くささを取り除くこと)、ATTRACTIVE(魅力的であること。人の目を引くこと)、SOCIAL(多数派や互恵性、モラルなど社会的な要素を意識させること)、TIMELY(効果的なタイミングで介入すること)という4項目を意識してナッジを設計します。

従来の通知は、裏表両面にわたり文章が延々と並ぶ、いわゆる行政文書的な依頼文でした。対してナッジ活用通知は、表面だけのシンプルなレイアウトにし、「読む」労力を要する長い文章は極力避けています。EASTのうち、E(EASY)の要素は最も重要だと捉え、シンプルさと動作指示の明確さを追求しています。行政文書には、正確性のために詳細な情報や注釈を詰め込みがちですが、情報量が多くなれば、当然読み手の負荷も大きくなります。従来の通知で詳しく記していた条例創設の経緯などを、上司や他課と相談を重ねながらカットしました。
通知の核心ではない情報をそぎ落とす作業は、最も労力がかかると同時に最も重要な部分です。この通知を初めて読む市民には、事業を熟知した私たちの何倍もの負荷がかかることを肝に銘じ、何度も読み返しながら削りました。その結果、もともと何百文字もあった文章は、EASTのうちS(SOCIAL)の要素を盛り込んだ通知上部の数文と、下部の注釈だけに凝縮されました。通知中段を占めるのは回答の手順を示したフロー図です。人には、先の見通しが立っていると行動に移しやすい性質があるので、手順を視覚的に把握できるようシンプルな図を配置しました。(従来の通知とナッジ活用通知イメージ1参照)
◇愛着喚起するデザイン
この通知は三つ折りにして送り、上部3分の1を見ただけでもデザインが成立するように工夫しました。幾つかパターンを作って数人にヒアリングしたところ、「えぼし岩と白波」という茅ヶ崎市のランドマークが入ったデザインが最も目を引きやすかったのです。イラストを入れる分、少しシンプルさを損ないましたが、このモチーフが地域への愛着を喚起してくれる可能性に託して採用しました。EASTのうちA(ATTRACTIVE)の要素です。(従来の通知とナッジ活用通知イメージ2参照)

アンケートは3000人が対象でした。これをランダムに二つの群に分け、それぞれの群に従来の通知とナッジ活用通知を送り、二つの群の間で回答率に差が生じるか検証しました。すると、従来の通知で32.2%だった回答率は、ナッジの活用で38.0%と高くなりました。わずかな差かもしれませんが、特別な予算を掛けなくても、工夫次第でより多くの市民の意見を集められるとしたら、実践の価値はあるのではないでしょうか。
そして、通知を改良する工夫を考える過程も、何とも楽しいのです。フレッシュな感覚を持つ若手職員にこそ、一つのアプローチとして、ぜひ業務に取り入れてみてほしいと感じます(当時、私も入庁3年目でした!)。(了)
- ◇勝山明日香(かつやま・あすか)氏のプロフィル
- 2017年神奈川県茅ヶ崎市役所入庁、現在5年目。総務部市民自治推進課を経て保健所保健予防課勤務(精神保健福祉士)。19年に偶然参加した飲み会で現PolicyGarageメンバーと出会い、ナッジ理論を知る。

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