2022/令和4年
105日 (

インタビュー 【トップインタビュー】離島ハンディ乗り越え観光立村へ=大山辰夫・鹿児島県三島村長 2021/12/20 08:30

大山辰夫・鹿児島県三島村長

 薩摩半島南端から約50キロ南に位置する硫黄島と竹島、黒島を抱える三島村。11月に4選を果たした大山辰夫村長(おおやま・たつお=63)は、「情報通信技術(ICT)やデジタルの力で、離島のハンディを乗り越えていく」と意欲を示した。国内最小のジオパークや西アフリカ・ギニア共和国との交流、歌舞伎「俊寛」の再々招致など「特異な資源に磨きを掛けながら、ウィズ・コロナ時代の観光立村を模索していく」と語る。

 村の主力は畜産業。放牧で育てた子牛を県本土に出荷している。大山氏は「雇用の確保と定住促進は道半ば」と述べ、村営住宅と並行して第5世代(5G)移動通信システムの整備を急ぐ方針だ。国の「デジタル田園都市国家構想」について、大山氏は「真っ先に手を挙げ、自前で整備した海底ケーブルのインフラを生かし切りたい」といい、デジタル産業やサテライトオフィスを誘致する将来像を描く。

 テレワークやワーケーションに適した自然資源は豊富だ。2015年に日本ジオパーク委員会が認定した「三島村・鬼界カルデラジオパーク」は太古の地球の姿を疑似体験できる地層や赤壁といった「ジオサイト」を擁する。現在再認定が審査されているこのジオパークを目指し、国内外の研究者にとどまらず「ジオマニア」の来島が増加。大山氏は民間宿泊施設が「圧倒的に足りない」とし、県内外を問わず「資本を呼び込めないか折衝を続けている」と明かした。

 例年夏には西アフリカの民族打楽器ジャンベの硫黄島・村営スクールに、国内だけでなく韓国やタイ、シンガポール、メキシコなどから奏者が集結しジャム・セッションが繰り広げられる。ギニア出身の世界的ジャンベ奏者の故ママディ・ケイタさん(享年71)が1994年に初めて来島し児童らに手ほどきした。以来、19年には横浜市で開催されたアフリカ開発会議(TICAD)での出張演奏や、ママディ氏出身地のバランデュグ村との間で子どもたちの相互訪問も実現。「バランデュグ村には診療所も寄贈し、ギニアにとって日本といえば三島村。(東京五輪・パラリンピックで)ギニアチームのホストタウンを務めるなど、30年に迫るご縁は村の未来に広がり続ける」と手応えを示す。

 さらに、硫黄島といえば故中村勘三郎さんによる歌舞伎「俊寛」の舞台として知られる。かつて鬼界ケ島とも呼ばれた伝説の地の砂浜で11年、勘三郎さんは平家打倒をたくらんだ罪で流刑にされた僧を96年(当時は勘九郎)に続いて熱演。勘三郎さんは当時生まれたばかりの現・勘太郎さん(10)を連れて「みたびの舞台を夢見ていた」といい、大山氏は「息の長いレガシーとして(再々招致を)ぜひ実現させたい」と笑顔を見せた。

 〔横顔〕硫黄島出身。東京都内のリゾート運営会社勤務などを経て帰郷し、村議4期目(03年以降は議長)途中の05年に初当選。本業だった釣りが趣味。息子2人は独立し、妻(65)を同島に残して庁舎のある鹿児島市内で1人暮らし。

 〔村の自慢〕低音から高音まで奏でる複合的な打法を学んだ村の児童らがフェリーの出入港時などにジャンベを打ち鳴らす風景は圧巻。

(了)

(2021年12月20日iJAMP配信)

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