コラム 【地域のよさを伝える6】「何を」売るのか 2022/02/03 17:00
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関東学院大学法学部准教授・社会情報大学院大学特任教授 牧瀬稔
前回までは、「誰に」というメインターゲットを決定することの重要性を指摘しました。メインターゲットを決めれば、シティプロモーションが成功する確率が高まります。今回は「何を」売るのか(「何を」伝えるのか)に関して言及します。
◇「何を」売るのか
「誰に」というメインターゲットが決定したら、「何を」売るのかを検討します。あるいは「何を」売るかを決めてから、「誰に」伝えるのかを考えてもよいでしょう。重要なことは「誰に」と「何を」の関係を直接的にすることです。
ところが、地方自治体は「何を」を決めることは苦手なようです。しかも、前回指摘したように「誰に」も決められませんから、結局「名ばかりシティプロモーション」が増えることになります。
先日、筆者は某自治体に呼ばれました。そして、シティプロモーションに関して意見交換をしてきました。当該自治体の「誰に」は、よくありがちな「子育て世帯」でした。そして「何を」は「田舎くらし」でした。これもありがちです。「田舎くらし」は、とても眠いプロモーションです(そもそも当該自治体の「田舎くらし」に、顧客のニーズやウォンツはあるのでしょうか。この点を確認したら分析が曖昧でした)。
ここで話はそれますが、重要なことを2点指摘します(本連載でこれまで例示したことも一部あります)。
第一に、メインターゲットは「絞り込む」ことが重要です。某自治体が狙う「子育て世帯」とは、一般的には子どもが「0歳から18歳」を意味します(場合により22歳までとする自治体も存在します)。0歳から18歳とは、約20年間が対象です。これは「ターゲットできている」とは言えません。
約20年間ということは、例えば、親世代は30歳から50歳となります。30歳と50歳では価値観が異なります(私は50歳に近いですが、30歳の人たちと同じ価値観とは思えません。一緒にやっていく自信もありません。特に私はニート系ですし…)。
第二に、体力のない地方自治体は(行政資源の少ない自治体は)、レッドオーシャンを避けたほうが賢明ということです。レッドオーシャンとは「激しい競争状態にある市場」を意味します。「子育て世帯」は、どの自治体も狙うレッドオーシャンです。激しい競争にわざわざ参入する必要はないと、個人的には思います。
レッドオーシャンは、得てして消耗戦になります。体力のない自治体は、ブルーオーシャンを目指すべきです。ブルーオーシャンとは「競争相手のいない未開拓の市場」です。
◇地域ブランドの明確化
話を戻します。「何を」売るかが明確でなくては、どんなにシティプロモーションを実施しても成果は出ません。
読者に質問です。売る商品が決まってないのに、広告を打つ企業はあるでしょうか。売るサービスがないのに、営業を展開する企業はあるでしょうか。普通に考えたら「ない」ですよね。ところが地方自治体のシティプロモーションは、「何を」売るかが決まっていないのに、広告を出したり、営業を展開したりしている状態です。摩訶不思議です。
現在、シティプロモーション真っ盛りです(個人的にはバブルが弾けつつあると捉えています)。猫もしゃくしもシティプロモーションです。「何を」売るかが決まっていないのに、プロモーションをしています。民間企業では、ほとんど考えられない行動です。
民間企業が、「何を」売るかが決まっていないのに営業をしたら、倒産してしまいます。そのため「何を」売るかは慎重に検討します(言い方に語弊がありますが、地方自治体は倒産がありませんから、「何を」売るかという意識が緩くなります)。
筆者の持論は、シティプロモーションの前に「何を」という地域ブランド(自治体ブランド)の明確化が必要と考えています。
地域ブランドという「何を」を構築してから、プロモーション(ここでは「販売促進」としておきます)に進むべきなのです。ところが、多くの場合は「何を」が決まっていなかったり、不明確だったり(眠かったり)する状態でプロモーションにいそしんでいます。こういう状況を「自己満足化のシティプロモーション」や「独り善がりのシティプロモーション」と言います。
◇大分類ではなく小分類が基本
売る要素である「何を」を検討する視点は二つあります。今回は一つだけ紹介します。しばしば地方自治体は「自然が売り」「地域文化が売り」「歴史遺産が売り」と設定して、シティプロモーションをする場合が多くあります。実は、こういう大分類は、どの自治体にも一定数存在しているため、特徴になっても特長にはなりません。
ちなみに、特徴とは「他と異なって特に目立つさま」という意味です。特長とは「他よりも特に優れている点や特別の長所」と定義されます。
大分類ではなく小分類で「何を」を検討することが大事です。大分類ではなく小分類とは、具体的に言うと「自然が売り」ではなく「山が売り」となります。さらに「山が売り」ではなく「高尾山が売り」です。高尾山は日本に一か所しかありません。これは有益な「何を」になります。
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読者から「本連載で記したことを、その自治体に伝えたのかよ!」と突っ込みが入りそうです。当然、伝えていません。だって、このシティプロモーション担当者とは初対面ですし、信頼関係が構築されていません。なので、私の性格上、いきなりキツイことは言えません。とりあえず「ほほ~素晴らしい」「いや~いいですよね」「なるほどなるほどGoodです」と言い残して帰ってきました。(了)
- ◇牧瀬稔(まきせ・みのる)氏のプロフィル
- 法政大学大学院人間社会研究科博士課程修了。博士(人間福祉)。民間企業や神奈川県横須賀市都市政策研究所、財団法人日本都市センター研究室、財団法人地域開発研究所研究部などでの勤務を経て17年から関東学院大学法学部准教授。19年から社会情報大学院大学特任教授。公的活動としては、東京都新宿区や岩手県北上市、埼玉県春日部市、愛媛県西条市など多くの自治体でアドバイザーをしている。