2023/令和5年
924日 (

コラム 【地域のよさを伝える6】「何を」売るのか 2022/02/03 17:00

関東学院大学法学部准教授・社会情報大学院大学特任教授 牧瀬稔氏

関東学院大学法学部准教授・社会情報大学院大学特任教授 牧瀬稔

 前回までは、「誰に」というメインターゲットを決定することの重要性を指摘しました。メインターゲットを決めれば、シティプロモーションが成功する確率が高まります。今回は「何を」売るのか(「何を」伝えるのか)に関して言及します。

◇「何を」売るのか

 「誰に」というメインターゲットが決定したら、「何を」売るのかを検討します。あるいは「何を」売るかを決めてから、「誰に」伝えるのかを考えてもよいでしょう。重要なことは「誰に」と「何を」の関係を直接的にすることです。

 ところが、地方自治体は「何を」を決めることは苦手なようです。しかも、前回指摘したように「誰に」も決められませんから、結局「名ばかりシティプロモーション」が増えることになります。

 先日、筆者は某自治体に呼ばれました。そして、シティプロモーションに関して意見交換をしてきました。当該自治体の「誰に」は、よくありがちな「子育て世帯」でした。そして「何を」は「田舎くらし」でした。これもありがちです。「田舎くらし」は、とても眠いプロモーションです(そもそも当該自治体の「田舎くらし」に、顧客のニーズやウォンツはあるのでしょうか。この点を確認したら分析が曖昧でした)。

 ここで話はそれますが、重要なことを2点指摘します(本連載でこれまで例示したことも一部あります)。

 第一に、メインターゲットは「絞り込む」ことが重要です。某自治体が狙う「子育て世帯」とは、一般的には子どもが「0歳から18歳」を意味します(場合により22歳までとする自治体も存在します)。0歳から18歳とは、約20年間が対象です。これは「ターゲットできている」とは言えません。

 約20年間ということは、例えば、親世代は30歳から50歳となります。30歳と50歳では価値観が異なります(私は50歳に近いですが、30歳の人たちと同じ価値観とは思えません。一緒にやっていく自信もありません。特に私はニート系ですし…)。

 第二に、体力のない地方自治体は(行政資源の少ない自治体は)、レッドオーシャンを避けたほうが賢明ということです。レッドオーシャンとは「激しい競争状態にある市場」を意味します。「子育て世帯」は、どの自治体も狙うレッドオーシャンです。激しい競争にわざわざ参入する必要はないと、個人的には思います。

 レッドオーシャンは、得てして消耗戦になります。体力のない自治体は、ブルーオーシャンを目指すべきです。ブルーオーシャンとは「競争相手のいない未開拓の市場」です。

◇地域ブランドの明確化

 話を戻します。「何を」売るかが明確でなくては、どんなにシティプロモーションを実施しても成果は出ません。

 読者に質問です。売る商品が決まってないのに、広告を打つ企業はあるでしょうか。売るサービスがないのに、営業を展開する企業はあるでしょうか。普通に考えたら「ない」ですよね。ところが地方自治体のシティプロモーションは、「何を」売るかが決まっていないのに、広告を出したり、営業を展開したりしている状態です。摩訶不思議です。

 現在、シティプロモーション真っ盛りです(個人的にはバブルが弾けつつあると捉えています)。猫もしゃくしもシティプロモーションです。「何を」売るかが決まっていないのに、プロモーションをしています。民間企業では、ほとんど考えられない行動です。

 民間企業が、「何を」売るかが決まっていないのに営業をしたら、倒産してしまいます。そのため「何を」売るかは慎重に検討します(言い方に語弊がありますが、地方自治体は倒産がありませんから、「何を」売るかという意識が緩くなります)。

 筆者の持論は、シティプロモーションの前に「何を」という地域ブランド(自治体ブランド)の明確化が必要と考えています。

 地域ブランドという「何を」を構築してから、プロモーション(ここでは「販売促進」としておきます)に進むべきなのです。ところが、多くの場合は「何を」が決まっていなかったり、不明確だったり(眠かったり)する状態でプロモーションにいそしんでいます。こういう状況を「自己満足化のシティプロモーション」や「独り善がりのシティプロモーション」と言います。

◇大分類ではなく小分類が基本

 売る要素である「何を」を検討する視点は二つあります。今回は一つだけ紹介します。しばしば地方自治体は「自然が売り」「地域文化が売り」「歴史遺産が売り」と設定して、シティプロモーションをする場合が多くあります。実は、こういう大分類は、どの自治体にも一定数存在しているため、特徴になっても特長にはなりません。

 ちなみに、特徴とは「他と異なって特に目立つさま」という意味です。特長とは「他よりも特に優れている点や特別の長所」と定義されます。

 大分類ではなく小分類で「何を」を検討することが大事です。大分類ではなく小分類とは、具体的に言うと「自然が売り」ではなく「山が売り」となります。さらに「山が売り」ではなく「高尾山が売り」です。高尾山は日本に一か所しかありません。これは有益な「何を」になります。

***

 読者から「本連載で記したことを、その自治体に伝えたのかよ!」と突っ込みが入りそうです。当然、伝えていません。だって、このシティプロモーション担当者とは初対面ですし、信頼関係が構築されていません。なので、私の性格上、いきなりキツイことは言えません。とりあえず「ほほ~素晴らしい」「いや~いいですよね」「なるほどなるほどGoodです」と言い残して帰ってきました。(了)

◇牧瀬稔(まきせ・みのる)氏のプロフィル
法政大学大学院人間社会研究科博士課程修了。博士(人間福祉)。民間企業や神奈川県横須賀市都市政策研究所、財団法人日本都市センター研究室、財団法人地域開発研究所研究部などでの勤務を経て17年から関東学院大学法学部准教授。19年から社会情報大学院大学特任教授。公的活動としては、東京都新宿区や岩手県北上市、埼玉県春日部市、愛媛県西条市など多くの自治体でアドバイザーをしている。

【地域のよさを伝える】

同一カテゴリー記事

  • 【シティプロモーション再考6】矮小化の恐れ 2023/09/20 11:00

     今回は、シティプロモーションを推進するに当たり、具体的な事業に関するアンケート結果に言及します。取り上げる紙業は広報動画(プロモーション動画)です。関東学院大学法学部教授・社会構想大学院大学特任教授
    牧瀬 稔

  • 【シティプロモーション再考5】首長、議会の関心状況 2023/08/25 10:40

     今回はシティプロモーションに関する首長の取組み姿勢を説明します。シティプロモーションに限りませんが、首長の方針により、政策の強弱(そして無関心)が決まってきます。関東学院大学法学部教授・社会構想大学院大学特任教授
    牧瀬 稔

  • 【地方議会めぐる新潮流5】議員のなり手不足(下) 2023/08/09 15:00

     議員のなり手不足は、まず「議員になる道」を選択する人自体が少ないからではないかと感じています。甲府市議会議員 神山玄太

  • 【職場が輝く知恵とワザ5】カッコいい上司とは? 2023/07/28 13:00

     あなたの周りに「いいなあ」「見習いたい」と感じる上司や先輩がいるでしょう。自分が進んだ道を究めた職業人気質、自分が選んだ道を全うする先達の立ち姿は、後進の目にも格好よく映ります。「あの先輩のようになりたい」「あの幹部の下で働きたい」など、理想とする「人財」のモデルが組織に実在すれば、目指す存在、なりたい自分の立ち姿、目標は明瞭です。静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹

  • 【行政×ナッジの可能性3】感染症対策×ナッジ 2023/07/18 10:00

     風疹の流行を防ぐため、厚生労働省は2019年度から追加的対策を進めています。ターゲットは、制度の狭間で公的予防接種の対象から外れた40~60代の男性。この年代の男性の抗体保有率が低いため、先進国では大変珍しいことに、日本は風疹の集団免疫を獲得できていません。そこで、抗体検査や予防接種の無料クーポンを発行し、自治体を通じて郵送することで検査や予防接種を促しています。また、追加的対策の一環で、大阪大学の研究チームがナッジを活用したリーフレットを作ってクーポン券郵送時に同封するなど自治体での活用を呼び掛けています。PolicyGarage事務局/慶応大学看護医療学部特任助教 赤塚永貴

  • 【地方議会めぐる新潮流4】議員のなり手不足(上) 2023/07/06 00:00

     今年の統一地方選では「地方議員のなり手不足」が注目されました。実際にどうだったのか、選挙結果を見たいと思います。甲府市議会議員 神山玄太

  • 【職場が輝く知恵とワザ4】本当にしたいことは何? 2023/06/26 11:00

     人を率いる立場として、理想の立ち居振る舞いは、誰から学べばいいでしょうか。答えは「自分の上司や管理職」です。日々の仕事の中でよく観察しましょう。尊敬できて見習いたいと思ったり、そうでなかったりする部分の両方を学びます。静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹

  • 【シティプロモーション再考4】「逆説」に注意 2023/06/14 11:00

     今回もシティプロモーション全国アンケート結果を紹介します。成功させるポイントが見えてきます。関東学院大学法学部教授・社会構想大学院大学特任教授
    牧瀬 稔

  • 【地方議会めぐる新潮流3】続・オンラインで質問可能に 2023/06/02 12:30

     第33次地方制度調査会の答申を受け、総務省は、本会議での一般質問について出席が困難な事情で議場にいない議員がオンラインによる方法を取っても差し支えないとする新たな判断を示しました。2月7日の自治行政局行政課長通知に盛り込まれています。甲府市議会議員 神山玄太

  • 【変わり始めた公務組織3】勤務環境改善への課題 2023/05/23 11:00

     先日、ある県庁の人事担当者から、地方公務員の今後の新しい働き方や終身雇用にとらわれない雇用形態などをテーマにした講演を依頼され、知事の関心が強いジョブ型雇用のほか、公務と民間をまたぐ人材交流や副業・兼業について話をしました。彼らがこうしたトピックを取り上げるのは、地方自治体でも人材確保の苦労や若手職員の離職など国と似た状況があるからです。