2023/令和5年
327日 (

コラム 【いま公務の現場では6】「ポスト公務員制度改革」の課題(後編) 2022/03/07 00:00

人事院事務総局企画法制課長 植村隆生

人事院企画法制課長 植村隆生氏

 政治主導への転換や人事評価制度の導入、天下り規制の見直しといった一連の公務員制度改革は2014年の法改正で事実上終わりました。公務の現場では、両立支援制度の充実もあり、女性の採用者や登用者は年々増加し、育児休業を取る男性職員も急増しています。能力・実績に応じた処遇が進み、官民の人材の流動性も徐々に高まっています。長時間労働も昔と比べれば大半の府省で是正されてきました。08年の国家公務員制度改革基本法が掲げた基本理念に沿った見直しは着実に進み、霞が関は働きやすい職場に変わりつつあります。

 ところが、改革の進展とは裏腹に、国家公務員志望者は減っています。やりがいや成長実感が持てずに辞める若手職員もいます。国の行政を支える公務員の質と量の確保はいつの時代にも重要なので、現状には強い危機感を覚えます。

 そこで今回は「ポスト公務員制度改革」の課題の後編として、現在の公務が直面する最大の課題とも言える「人材の確保」について取り上げます。

 なお、コラム中の感想や意見に係る部分は筆者個人の見解であり、筆者が所属する機関の見解を代表するものではありません。

◇官僚が一流だった時代も

 昭和から平成の途中まで、霞が関には黙っていても優秀な学生が集まりました。東大法学部で成績上位の学生はこぞってキャリア官僚を目指しました。当時の国家公務員採用Ⅰ種試験の倍率は数十倍の狭き門で、最優秀層は合格後、大蔵省(現財務省)を筆頭に、通商産業省(現経済産業省)、自治省(現総務省)、警察庁などに入りました。中には司法試験とダブル合格して省庁に進む猛者も少なからずいました。官僚として国家行政を動かす魅力は弁護士になって高給を稼ぐ魅力に勝ると考える学生が多くいたのです。

 「官僚は一流、経済は二流、政治は三流」と言われた時代、親族や友人、出身地の期待を背負った彼らの目標は、各省庁で激しい出世レースに勝ち残り、事務方トップの事務次官に上り詰めること。民間企業への転職は出世コースを外れた者の「天下り」であり、多くは頭の片隅にもなかったと思います。

 一方、当時の霞が関は不夜城と呼ばれ、今とは比べものにならないブラックな職場でした。「月300時間残業した」「一週間家に帰っていない」などの話はそこかしこにありました。残業代は雀の涙でも、官僚としての使命感や社会的ステータスの高さ、仕事のやりがいが、労苦を乗り越えるエネルギーになっていたのでしょう。

◇Z世代に合わない働き方

 その後、度重なる公務員の不祥事と世論のバッシングがあり、政治主導への転換を経て、官僚の役割や働き方は変化し、職場環境の改善は着実に進みました。

 しかし、令和の時代、霞が関を目指す学生は減り続けています。急速に進む少子化で就職適齢期の学生数自体、年々少なくなっています。厚生労働省の人口動態統計によると、出生数は1973年に209万人、2001年に117万人、20年に84万人。ただ、ここ数年の採用試験の申込者数はそれを上回るペースの減少です。

 さまざまな理由がある中で、私が着目するのは若い世代の就業意識です。現在就職適齢期にあるのは「Z世代」(1990年代後半~2010年代初頭生まれ)と呼ばれています。Z世代は「個性を尊重し、自分らしさを重視する」とされ、大学などでのキャリア教育の充実もあり、自分のキャリアは自分で選ぶという意識が高いと言います。また、仕事から充実感ややりがい、成長実感を得たいとの思いが強く、スペシャリスト志向で、より良い就職先を求めて転職にも抵抗感が薄いとされます。プライベートや家庭を重視し、長時間労働を忌避する性向が強いとも言われます。

 一方、霞が関は年功序列・終身雇用、ジェネラリスト重視です。本人の希望や専門とは無関係に定期的に人事異動や転勤が命じられ、若い時期には下積み期間や他律的な長時間労働もあります。最近お会いした東大教授は「霞が関の働き方が今どきのZ世代の考え方に合わなくなっているのではないか」と分析していました。

◇柔軟化・弾力化を

 仮にそうだとすれば、もはや構造的な問題と言えそうです。従来の霞が関の働き方を強制しても志望者数の回復は期待できません。逆に、Z世代の考え方に合わせて変えていくのでなければ、近い将来、行政のサステナビリティー(持続可能性)が揺らぎかねません。「人材の確保」は、「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」「ジェネラリスト重視」「定期的な人事異動や転勤」といった公務員人事管理全般の課題でもあるのです。

 私自身は、各府省の核となる人材には、使命感や倫理観、行政のプロとしての知見が求められるため、新卒採用で計画的に育成され、多様な経験を積んだジェネラリストが適していると考えています。ただ、それを維持するには、若い世代の考え方に合わせたマイナーチェンジも必要です。例えば、本来業務でないプロジェクトや自己啓発活動への自主的な参加、空きポストの公募など職員が主体的にキャリアを選べる機会を広げたり、いったん公務を離れて民間企業に転職しても再び戻って働くハードルを下げたりするなど、働き方の柔軟化・弾力化が不可欠です。

 官民の人材流動性の向上も重要です。自分の専門や経験を生かして公務に貢献したければ、キャリアの途中からでも積極的に公務に参入できるよう、公正な採用の機会をどんどん増やすことが必要です。(了)

◇植村隆生(うえむら・たかお)氏のプロフィル
1972年東京都生まれ。東京大学法学部卒業。人事院に入り、給与局参事官、同生涯設計課長、同給与第三課長、人材局企画課長、事務総局企画法制課長を歴任。総務省、産経新聞社、米国ワシントンDCでの勤務経験もある。

【いま公務の現場では】

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