コラム 【ナッジ入門編8】実践5:SMSによる特定健診勧奨 2022/06/14 10:30
特定非営利活動法人PolicyGarage事務局 嶋田誠太朗

行政現場でナッジを活用した事例について、各地の自治体のリレー方式で紹介しています。今回は、横浜市の特定健康診査(以下「特定健診」)未受診者に対するSMS(ショートメッセージサービス)の表現の違いによる受診勧奨の事例です。特定健診の受診率向上を目的としており、メッセージの違いによって受診勧奨効果はどの程度変わるのか検証しました。
◇全国平均より低い受診率
健診・検診事業は対象者に年度初めに受診券を送付し、年度途中には未受診者に対してはがきなどを使って受診を促します。自治体の健診・検診事業は特定健診、がん検診、歯科検診など数多くあります。今回は国民健康保険に加入する40~74歳の被保険者を対象にした特定健診が題材です。
横浜市の国保の特定健診対象者は約50万人と規模が大きく、受診率は2019年度で25.4%と全国市町村国保の平均38.0%と比較すると低い水準にあります。未受診者を対象にアンケート調査をしたところ、「健康だから」「忙しい」「面倒だから」という理由から受けない人が多くいることが分かりました。健康には関心があっても、未受診となっている方をターゲットに、行動変容を促すナッジを活用し、受診率を向上させる取り組みを進めました。
◇受診までの行動プロセス

最初に対象者が特定健診を受けるまでの行動プロセスを考えました。これまでは封書やはがきによる受診勧奨が中心であるため、対象者は勧奨通知を受け取り、近くの医療機関を選び、日時を決め、電話などで予約するという行動プロセスになります。
対象者の視点に立ってみましょう。30~50カ所の医療機関一覧の住所を見て、自宅近くにあるかどうかを確認し、診療時間をチェックして予約の電話をするプロセスに、多くの行動を妨げる認知バイアス(阻害要因)があるのではないかと考えました。
そこで、検討の俎上(そじょう)に載せたのが、国保加入時の電話番号を活用したSMSによる勧奨通知でした。SMSから特定健診実施機関のWEBページに遷移させ、希望する場所や診療時間にマッチするように検索してもらいます。これで、対象者が一つ一つ医療機関を調べる行動(手間)を少なくし、受診機関を決めれば、電話などで予約ができるプロセスを考えました。予告なくSMSを送信することで対象者が不信感を抱かないように、年度当初に送付する受診券に「未受診者の方にSMSを送付する」旨を記載しました。
メッセージを考える際、行動変容を促進する認知バイアス(モチベーション要因)は何かを未受診者アンケートの回答内容を基に検討しました。
また、行政でのSMSを活用した事例が少なく、文字数の制限がある中でどのような内容が効果的なのか知見がなかったため、4種類のメッセージを作って効果検証しました(図のメッセージ①~④参照)。民間企業「キャンサースキャン」(東京都品川区)に委託して実施しました。
このうち、一つは標準的な文章のメッセージ①です。他の三つはナッジを活用し、連載第3回で説明されたEAST??の要素をそれぞれ入れました。


メッセージ②は「~国の指導を受けています」という表現によって、受診しなければいけないことを意識させるSOCIAL(社会規範の提示)の要素を入れました。
メッセージ③は、無料で受診できるということを伝えるだけでなく、「1万円相当」という言葉を入れることで金銭的なお得感を明示したATTRACTIVE(インセンティブ)の要素が入っています。
メッセージ④は、単純に受診してくださいと伝えるのではなく、現時点で未受診であることを認識させるTIMELY(タイムリー)の要素が入っています。
◇効果検証の方法と結果
特定健診対象者のうち、40~59歳の直近3年間未受診の住民で、市が携帯電話番号を把握している約1万人を4グループ(各グループ約2500人)に無作為に割り付け、検証しました。グループごとに別々のメッセージを送信し、それぞれの受診率を評価指標として比較しました。

結果は、ナッジを活用したメッセージは標準的なメッセージと比べて受診率が最大1.8ポイント高い効果となりました。文字数が限られるSMSでも文章を変えるだけで高い効果につながることが分かりました。
数字だけを見ると小さい差かもしれませんが、対象者の規模が大きくなれば、数%の受診率の変化であっても数にすると数千人という規模の大きな差となります。
今回の検証を基に、SMS勧奨で一番効果があったSOCIAL(社会規範の提示)のメッセージを活用し、はがき勧奨との効果の差を検証する予定です。ナッジを活用し、真に効果的・効率的な事業へブラッシュアップしていく過程は職員のやりがいやモチベーションの向上にもつながっていくと思います。
◇まずは庁内のメールから
行政からの通知は、これまでと同様に紙の文書を前提に考えてしまいがちです。ですが、住民にとってより良い選択を取れるように行動プロセスを考えることで、必ずしも紙ではない方がよい場合もあると思います。紙だけではなく、SMSでもメッセージを少し変えれば、行動変容を促すきっかけになります。まずは、身近な庁内のメールなどからでも試してみてはいかがでしょうか。(了)
- ◇嶋田誠太朗(しまだ・せいたろう)氏のプロフィル
- 2017年横浜市入庁。健康福祉局保険年金課、民間出向派遣(LINE株式会社)を経て、現職は選挙管理委員会事務局選挙課啓発係長。横浜市行動デザインチーム(YBiT)や特定非営利活動法人PolicyGarage事務局も務める。20年に日本公衆衛生学会ポスター賞受賞。21年に日本公衆衛生学会最優秀演題賞を受けた。

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