コラム 【地域のよさを伝える8】ブランドを意識した「何を」 2022/05/23 15:30
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関東学院大学法学部准教授・社会構想大学院大学特任教授 牧瀬稔
前回はブランドメッセージを取り上げました。メッセージを検討する際はメインターゲットを意識し、彼ら彼女らから共感が得られるフレーズにする必要があります。
ところが、地方自治体は自分たちの強みや特徴を前面に出そうとします。その傾向は「あまりよくない」ということを、前回指摘しました。今回も「何を」に関連し、注意すべき視点を取り上げます。
◇「差別化」を意識する
某自治体は「自然と都市が共生するまち」を売りにプロモーションを進めています。別の自治体は「あふれる自然のおもてなし」をブランドメッセージとしています。なお、ブランドメッセージとは「地方自治体が設定したメインターゲットに共感してもらうメッセージやキャッチフレーズ」と定義しています。
上記のように「自然」や「住みやすさ」を売りにしている自治体は少なくありません。しかし、自然は日本国内どこにでもあります。ことわざに「住めば都」とあるように、どの地域も、住み慣れてしまえば居心地はよくなります。すなわち「自然」や「住みやすさ」はブランドメッセージの重要な要素とはなりません。
重要な要素の一つが「差別化」です。差別化できなければ、多くのシティプロモーションの中で埋没してしまいます。
ちなみに、ブランドメッセージを検討する視点として、大分類ではなく小分類で勝負していく重要性に関して連載の第6回で指摘しています。
◇ブランドとの関係
差別化に関係して「ブランド」の4文字が登場します。それらの関係性に言及します。
ブランド(brand)の意味を考えます。語源は諸説あります。その中でも、牛を放牧する際に「焼印を押す」(burned)ようにして、自分と他者の所有の区別をしたことが由来だとする説が有力です。焼印を押すことで、自分と他者の牛を「差別化」しました。すなわち、差別化とブランドは同じ概念になります。
繰り返しますが、ブランドの本来の意味は他との差別化です。それは他との「違いづくり」とも言えます。差別化ができると付加価値が生じます。付加価値は高級化を促進します。そして高級化の一形態が商標となります。
現在、ブランドの意味は、高級品をはじめとする商標だけにとどまらず、受け手が連想する世界観まで、価値を感じるあらゆるものに当てはまると考えられています。
ブランドメッセージも差別化しなくてはいけません。しかし、多くのブランドメッセージは類似化や模倣化であり、差別化とは遠い内容となっています。その結果、多数のシティプロモーションの中で埋没しています。
◇経営戦略も差別化を
米国の経営学者であるマイケル・ポーターは、民間企業が競争を進めるためには三つの基本戦略があると指摘しています。
第一が「コストリーダーシップ戦略」です。競合他社よりも安価な商品・サービスを提供することで、競争優位を確立していく手法です。そのためには、事業の経済的コストを、競合他社よりも下回る水準に引き下げる必要があります。
第二に「集中戦略」です。特定の狭い範囲にターゲットを絞り込み、自社の経営資源を集中させていく手法です。
第三に「差別化戦略」があります。自社の商品やサービスを他社と差別化し、市場で独自のポジショニングを構築する手法です。一般に、差別化する項目として、商品の機能性、品質、技術力、ブランドのイメージ、顧客対応などが該当します。
マイケル・ポーターは、差別化戦略を進めるために「顧客の認知に価値を置く」ことを強調しています。自社の商品やサービスが「価値がある」と強調しても、顧客がそれを認知しなければ意味がありません。企業は顧客に対して、しっかりと差別化の要素を認知してもらうことが重要です。
競争に勝ち抜く一つの視点は差別化です。しかし、多くの自治体のブランド化はそれができておらず、所期の政策目標を達成できない状態になっています。
◇欲しいのはオリジナリティー
多数あるブランドメッセージの中には、PRしたいことと関係ないような奇抜な内容があります。私には、どういう意図で奇抜にしたのか分かりません(政策目標が達成できる…という根拠があって奇抜なブランドメッセージにしたのでしょうか)。
そのメッセージを作成した当事者は差別化と思っているかもしれません。しかし、実態は稚拙なコメディーです。失笑を買うだけです。私には「何を」をしっかりと考えているのか分かりません(たぶん何かしら意図があるとは思いますが)。
シティプロモーションに欲しいのは地域に特長的な「オリジナリティー」(独創性)です。オリジナリティーによる差別化は、成果が必ず導出されます。稚拙なコメディーによる差別化は、何も成果が出ずに終わるでしょう(むしろ中長期的にはマイナス要因となります)。
改めて「何を」売るのか(「何を」伝えたいのか)を考えてみてはどうでしょうか。その「何を」はメインターゲットに対して響いているのか。他自治体と差別化(ブランド化)ができているのか。オリジナリティーを発揮しているのか…などを検討して決めていくと、きっとよい成果が得られると思います。(了)
- ◇牧瀬稔(まきせ・みのる)氏のプロフィル
- 法政大学大学院人間社会研究科博士課程修了。博士(人間福祉)。民間企業や神奈川県横須賀市都市政策研究所、財団法人日本都市センター研究室、財団法人地域開発研究所研究部などでの勤務を経て17年から関東学院大学法学部准教授。19年から社会情報大学院大学(現社会構想大学院大学)特任教授。公的活動としては、東京都新宿区や岩手県北上市、埼玉県春日部市、愛媛県西条市など多くの自治体でアドバイザーをしている。