2023/令和5年
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コラム 【ナッジ入門編9】実践6:複合機の印刷枚数削減 2022/07/25 15:00

堺市環境行動デザインチームSEEDs 前川裕輔

前川氏(右下)と堺市環境行動デザインチームSEEDs

 行政現場でナッジを活用したケースを、各地の自治体のリレー方式で紹介しています。今回は、堺市によるペーパーレスを促した事例です。同市は2021年8月、全国の自治体初の環境分野特化型ナッジ・ユニットとして「堺市環境行動デザインチームSEEDs」を設けました。環境局有志職員で構成するプロジェクトチームで、20~30代の若手職員中心の14人のメンバーが、環境施策へのナッジの活用や庁内外へのナッジの普及に取り組んでいます。ナッジの普及を目指す特定非営利活動法人PolicyGarageが執筆を依頼しました。

◇印刷枚数削減が第1弾

 公務員=紙を使う仕事というイメージは根強いですが、文書の電子化などペーパーレスを進める自治体も多いでしょう。堺市も21年を「ペーパーレス元年」と位置付け、市役所内の複合機の印刷枚数を前年度比で50%削減するよう市長から号令が出ました。環境局は独自に70%削減を目標にしました。

各部署に設置されているデジタル複合機

 とはいえ「パソコン(PC)画面より紙の方が見やすい」「上司への説明には紙が便利」などの考えで業務上必須ではない印刷をしてしまう職員の行動を、すぐに変えることは容易ではありません。SEEDsは、ナッジを活用してこの課題を解決できないかと考え、試行実験の第1弾として「複合機による印刷枚数の削減」に取り組みました。

◇ナッジ介入策の検討

 まず、行動プロセスマップを活用し、多くの職員に共通する「照会文書の処理など日常的な事務処理」の行動を洗い出し、ペーパーレス化を阻害していると思われる二つの要因を特定しました。

 要因①=資料を参照したり資料を使って関係部署や上司に説明したりする際、紙資料を使った方が便利と考えてしまう。

 要因②=不要になった紙やミスプリントをリサイクルボックスに容易に捨てられるため、印刷範囲の精査や設定変更など枚数を減らすインセンティブが働きにくい。

 次に、過去の連載で言及されたEAST🄬フレームワークを活用し、ナッジ介入策を検討しました。検討段階では、初期設定の2in1(2ページ分を1ページに集約)へのデフォルトの変更、ペーパーレスレポートの発行(社会的規範の提示)などの案も出ましたが、技術的な問題や関係部署との調整に時間を要するなどの理由で、最終的に二つのナッジ介入策を採用しました。

介入①=ICカードリーダー(左)とコピーボタンの各ラベル
介入②=従来のボックス(左)と小型化ボックス(中央下)

 介入①=複合機のICカードリーダー(PCで印刷ボタンをクリックしてからICカードリーダーに職員証をタッチすれば紙が出力します)とコピーボタンに、それぞれ「70%削減」などのメッセージを表示したラベルを貼り付ける。

 介入②=各部署に設置されている紙類リサイクルボックスを小型化する。

◇意識と行動の乖離

 今回の実験では、環境局の8課を介入条件の異なる4グループ(介入①+②、介入①のみ、介入②のみ、介入なし)に分け、統計的手法を用いて介入前後の複合機印刷枚数削減率(前年度比)の差をグループ間で比べました。

 検証の結果、介入②には削減率を約26.8ポイント向上させる有意な効果が認められました。一方、介入①には、削減率を向上させる有意な効果が認められませんでした。

 終了後のアンケート調査結果によると、介入①で約59%の職員が「削減意識が高まったと感じる」と回答しました。これに対し、介入②によって「印刷を控えようと思った」職員はわずか約17%と、削減効果とは正反対の結果が出ました。「枚数を削減しようと思う」意識と「枚数を削減する」行動との乖離(かいり)が浮き彫りになりました。

◇実験での注意点

 SEEDsにとって初めてのナッジ介入実験であり、メンバーに十分な知識やノウハウの蓄積がない中、外部アドバイザーの有識者に助言をもらいながら、実験設計や検証を進めました。特に、効果検証の統計処理には専門的・技術的な知見が不可欠であり、計量経済学などの専門家の支援を受けることが望ましいと考えられます。

 また、思い込みによって実際に影響が表れるプラシーボ効果やスピルオーバー(介入を受けている職員の話を聞いてそれ以外の職員がナッジの影響を受けてしまうこと)が起きないよう、各所属長に趣旨を事前に説明しました。部下から聞かれても、ナッジの実験であることを伏せるように協力をお願いしました。

◇得られた認識

 「ナッジはやってみるまで分からない」ことを痛感しました。今回の実験を検討した際、チーム内では「介入①」は効果が高そうで、「介入②」はあまり影響がなさそうだと予想していました(皆さんもそんな気がしませんでしたか?)。しかし、ふたを開けると全く逆の結果でした。ナッジに限らず、何となく効果がありそうだと思って進めた施策が必ずしも期待通りになるとは限らず、効果の測定や検証が重要だと改めて認識しました。

 ナッジの活用を考える際、いきなり大がかりな実験や本格的な導入計画を立案・設計する必要はなく、「まずは簡単なことからやってみる」ことで、思いがけない結果に出会えるかもしれません。専門的や知見やノウハウを持つ有識者や先行自治体も増えています。最初はこうした方々の支援を受ければ、ナッジ活用のハードルは大きく下げることができます。SEEDsもナッジの活用や連携に関する相談を受け付けていますので、一緒にナッジを普及させていきましょう!(了)

◇前川裕輔(まえがわ・ゆうすけ)氏のプロフィル
2011年に堺市役所入庁。環境規制業務や広聴業務を経て、現在は環境政策課で環境分野の基本的な政策立案を担当しながら、SEEDsのメンバーとしてもナッジの推進やチームのPRに取り組んでいる。

PolicyGarageへのリンク
→ https://policygarage.or.jp

【ナッジ入門編】

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