インタビュー 【トップインタビュー】地域医療との連携で「重症者ゼロ」=山本亨・東京都墨田区長 2022/08/10 08:30

新型コロナウイルスのデルタ株が猛威を振るった2021年夏の「第5波」で死者、重症者を出さず、注目を集めた東京都墨田区。医師会や医療機関をはじめとする地域の関係者と綿密な連絡体制を築き、現在の「第7波」の対応にも生かしている。山本亨区長(やまもと・とおる=60)は「区民の命を守り、安心して生活してもらうという思いで、組織を挙げて一丸となって取り組んでいる」と語る。
区の医療提供体制で最も特徴的なのは、限られた感染症指定医療機関で重症病床を確保するため、回復してから退院までにリハビリが必要な感染者を中小規模の病院に転院させる取り組みだ。重症病床が逼迫(ひっぱく)した21年1月、指定医療機関などからの要望に応え、区は回復期の患者を受け入れる病院ごとに1000万円を補助する独自の制度を始めた。
「有事の対応はスピードが大事。先手を打っていかなければ」と強調。その判断を支えたのが、区保健所長と区内各病院の幹部らが参加する週1回のウェブ会議だ。20年7月から続いており、病院同士の情報交換の場としてだけでなく、医療現場のニーズを区が迅速に把握したり、区からの要望を伝えたりしやすい体制を構築している。
隅田川と荒川に囲まれ、浸水リスクが高い地域の関係者が、日頃から災害医療への意識を高めてきたことも大きい。毎年の防災総合訓練では、医師会や歯科医師会、薬剤師会、警察、消防、ボランティア団体などが協力して実地訓練を重ね、「コロナの協力体制の素地が作られた」と分析する。
オミクロン株の派生型「BA.5」による第7波では、区内の病床使用率(4日時点)は57%に達した。発熱外来も逼迫しており、「倍々ゲームのように感染者が増え、踏ん張りどころだ」と危機感を示す。地域のクリニックにもウェブ会議に加わってもらい、自ら「外来診療の枠を最大限増やしてほしい」と要請。85の医療機関で検査体制を整えた。医師会と連携し、特に患者が増えている小児科などで感染対策を強化した。
区民の不安を解消するため、情報発信にも力を入れる。区ホームページや動画投稿サイト「ユーチューブ」で発した感染予防策などの区長メッセージは、コロナ禍になってから50回を超えた。7月29日には「お子さまが発熱した際のセルフメディケーション」と題し、医師が監修して区が作成したリーフレットや、オンライン診療を実施する医療機関を紹介した。
背景には、19年の台風19号での「反省」が生きている。区内で被害は出なかったが、避難所の開設が遅れて高齢者らの避難を夜中に呼び掛けるなど、対応が後手に回った。「『悪い情報を出せない』というバイアスがあった。隠さずに情報発信を徹底的にやるようになった」と振り返る。
この教訓から、早期に庁内で危機意識の共有を図り、ワクチン接種業務に各部署の課長級職員を集中的に投入するなどして、円滑な運営を実現。また、予算の専決処分を行わず、通年議会を導入していた区議会と協力体制を築いた結果、21年度は13本もの予算を成立させ、医療機関などへの素早い支援につながった。
第5波で一人の重症者も出さなかった「墨田区モデル」は、「『想定外』をやっつけろ!」(時事通信社刊)など多くのメディアに取り上げられた。
今後は、持続可能な開発目標(SDGs)の「誰一人取り残さない」との理念をより区政に反映させることを目指す。「マスクを2年以上している社会では、将来的にコミュニケーションに影響が出るかもしれない」と指摘。ポストコロナの経済対策と共に、子供の不登校や自殺者の増加といった問題を注視し、支援に力を入れる意向だ。
〔横顔〕区議を経て15年4月から現職。趣味の剣道は55年続けており、週末には地域の小中学生と稽古に励む。「スポーツを頑張る子供たちにパワーをもらっている」という。
〔区の自慢〕街歩きを楽しめる人情あふれるまち。開業10周年を迎えた東京スカイツリーをはじめ、すみだ北斎美術館、区立隅田公園がお薦め。
(了)
(2022年8月10日iJAMP配信)