2023/令和5年
128日 (

コラム 【いま公務の現場では9】人事院の報告の背景 2022/09/12 11:00

人事院事務総局企画法制課長 植村隆生

人事院企画法制課長 植村隆生氏

 人事院は8月8日、国家公務員の月例給とボーナスをともに3年ぶりに引き上げる給与勧告と併せて、人事行政が直面している課題と対応策を「公務員人事管理に関する報告」として取りまとめ、国会と内閣に報告しました。

 今回は、担当課長として昨年に続いてこの報告に携わった立場から、その背景を皆さんに解説したいと思います。

 なお、コラム中の感想や意見に係る部分は筆者個人の見解であり、筆書が所属する機関の見解を代表するものではありません。

◇人事行政に「好循環」を

 国の内外を問わず社会が急速に変化し、行政が抱える課題は複雑化・高度化しています。その中で、政府が国民に質の高い行政サービスを提供するためには、公務組織が国民本位の能率的で活力のあるサステナブル(持続可能)な組織であり続けなければなりません。

 それには、優秀な人材を継続的に採用し、計画的かつ戦略的に育成することが必要不可欠です。同時に、職員一人一人が意欲とやりがいを持って生き生きと働き、能力を存分に発揮できる職場環境を整備したり、職員の能力・実績に応じて納得感のある処遇をしたりすることが極めて重要です。

 これらを通じて公務全体のパフォーマンスを高め、公務が一層魅力的になり、より多くの優秀な人材を引き付けることにつながる…。

 人事行政にそのような「好循環」を生み出したいというのが、今回の報告のメッセージです。

◇直面する課題と対応

 ところが現実は、国家公務員の採用試験の申込者数が減少傾向にあり、若い世代の離職者も増えるなど、公務組織のサステナビリティーには黄色信号がともっています。依然として続く過剰な長時間労働など、働き方改革の遅れがその原因の一つと指摘されますが、抜本的に解決されていません。

 人事院は昨夏の報告で、こうした人事行政が直面する課題と対応策を整理し、各種の方策を精力的に進めてきました。さらに、今年の報告でこの1年間を振り返り、各府省の要望などを踏まえて対応策をさらにバージョンアップし、それぞれ検討の期限を設けるなど、危機感とスピード感を持って取り組む旨を表明しました。

 今回の報告で指摘した現在の人事行政が直面する課題は、大別すると①人材の確保②人材の育成と能力・実績に基づく人事管理の推進等③勤務環境の整備④給与制度のアップデート――の四つです。ここでは、以下のような簡単な紹介にとどめます。具体的な内容はぜひ人事院のホームページをご覧ください。

 ①人材の確保

 複雑化・高度化する行政課題を解決するため、優秀な人材を公務組織に集め続けることは喫緊の国家的課題です。その対策として、総合職(春試験)の実施時期の前倒し、同(教養区分)の受験可能年齢の引き下げや試験地の追加、総合職や一般職(大卒)の合格有効期間の延伸など、採用試験の在り方を大胆に見直すとともに、高い専門性や多様な経験を有する民間人材を各府省がタイムリーかつスピーディーに採用できるよう、さらに後押しすることにしています。

 ②人材の育成と能力・実績に基づく人事管理の推進等

 公務組織のパフォーマンスを最大限に発揮するには、職員一人一人の意欲と能力を十分に引き出すことが必要です。そのため、管理職員のマネジメント能力の向上など人事評価制度の公正な運用を支援するほか、若手職員が成長実感を持てるように自律的なキャリア形成の支援を充実するなど、行政の担い手となる「人」への投資を積極的に進めることにしています。

 ③勤務環境の整備

 多様な人材に公務を志望してもらうためにも、働き方に対するマイナスイメージを払拭(ふっしょく)し、魅力を高めることが急務です。その対応策として、職員が働きやすい勤務環境に向けて働き方改革を強力に推進し、魅力的な職場をつくるべく、長時間労働の是正、フレックスタイム制の柔軟化、健康増進やハラスメント防止といった取り組みをさらに強力に展開することにしています。

 ④給与制度のアップデート

 現在の給与制度が時代に合ったものになっているか、職員一人一人が躍動できる公務組織の実現にふさわしいものになっているか…。公務全体のあるべき給与水準や給与カーブも含め検証し、来夏には具体的な措置の骨格案を示したいとしています。

◇二人三脚でスピード感持って

 最後に、私の思いを述べます。私は人事行政の分野で四半世紀にわたり働いてきましたが、その大半は「官僚バッシング」の時代でした。公務員優遇批判を常に意識しながら、公務員が安心して働ける環境をいかに守っていくかという、ディフェンシブな視点に立った議論が多かったように思います。

 しかし、ここ数年は風向きが変わりました。公務員の志望者数が減り、若手離職者も増える中、このままでは国の屋台骨が揺らぎかねないとの認識が国民の中に共有されつつあります。

 今年の報告で打ち出した施策には、こうした変化も踏まえ、公務員一人一人が意欲とやりがいを持って働くことができるよう、そして公務組織がパフォーマンスを最大限に発揮して国民の期待に応えられるよう、人事行政の幅広い分野でポジティブな改革・改善に向けたメニューが並んでいます。

 人事行政の「好循環」は、制度官庁である人事院が制度や基準を見直すだけなく、人事管理に責任を持つ各府省が自らの人事運用を柔軟かつ効果的に見直すことで初めて実現します。両者が問題意識を共有し、二人三脚で、スピード感を持って取り組みを進めることが求められます。(了)

◇植村隆生(うえむら・たかお)氏のプロフィル
1972年東京都生まれ。東京大学法学部卒業。人事院に入り、給与局参事官、同生涯設計課長、同給与第三課長、人材局企画課長、事務総局企画法制課長を歴任。総務省、産経新聞社、米国ワシントンDCでの勤務経験もある。

【いま公務の現場では】

同一カテゴリー記事

  • 【現場力を高める4】メンタルを強くする 2023/11/16 14:00

     仕事で精神的に追い詰められるのは総じて真面目な人です。何事にも懸命に取り組み、頑張り続けることで、知らず知らずのうちに自分で自分を追い詰めてしまっているのです。静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹

  • 【現場力を高める3】自ら「育む」で経営強靭化 2023/10/24 10:30

     プレーヤーとしての仕事に追われてマネジメント業務ができない。「あの上司の下では働きたくない」と公言された。部下が「うつ」になった。新人がすぐに辞めてしまう。職員が管理職になりたがらない…。いずれも管理職が直面する課題の典型例であり、それらの解決策をガイダンスする書籍もたくさん出ています。静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹

  • 【現場力を高める2】管理職ができること 2023/10/18 11:40

     課長として職場を経営する。その職に就いて、まず取り組むことは何でしょう?部下はあなたを常に観察しています。その日のあなたの動静を見て、報告や相談、決裁のタイミングをはかり、顔色、機嫌にも敏感です。課長の一挙手一投足が、課内に影響を与えています。静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹

  • 【シティプロモーション再考7】外に向けて 2023/09/29 11:00

     シティプロモーションは、大きく3類型できます。それは①アウタープロモーション②インナープロモーション③インターナルプロモーションーです。アウタープロモーションとは、自治体の地域「外」に向けて当該自治体の特長を訴求していく活動です。関東学院大学法学部教授・社会構想大学院大学特任教授
    牧瀬 稔

  • 【新連載】【現場力を高める1】職場を率いる 2023/09/25 11:00

     職場や組織の経営・管理…。一体、どういうものだと思いますか?年齢と経験を重ね、ついにマネジメントをする立場になった。でも自分のポストに戸惑い、迷ったことはありませんか?静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹

  • 【シティプロモーション再考6】矮小化の恐れ 2023/09/20 11:00

     今回は、シティプロモーションを推進するに当たり、具体的な事業に関するアンケート結果に言及します。取り上げる紙業は広報動画(プロモーション動画)です。関東学院大学法学部教授・社会構想大学院大学特任教授
    牧瀬 稔

  • 【シティプロモーション再考5】首長、議会の関心状況 2023/08/25 10:40

     今回はシティプロモーションに関する首長の取組み姿勢を説明します。シティプロモーションに限りませんが、首長の方針により、政策の強弱(そして無関心)が決まってきます。関東学院大学法学部教授・社会構想大学院大学特任教授
    牧瀬 稔

  • 【地方議会めぐる新潮流5】議員のなり手不足(下) 2023/08/09 15:00

     議員のなり手不足は、まず「議員になる道」を選択する人自体が少ないからではないかと感じています。甲府市議会議員 神山玄太

  • 【職場が輝く知恵とワザ5】カッコいい上司とは? 2023/07/28 13:00

     あなたの周りに「いいなあ」「見習いたい」と感じる上司や先輩がいるでしょう。自分が進んだ道を究めた職業人気質、自分が選んだ道を全うする先達の立ち姿は、後進の目にも格好よく映ります。「あの先輩のようになりたい」「あの幹部の下で働きたい」など、理想とする「人財」のモデルが組織に実在すれば、目指す存在、なりたい自分の立ち姿、目標は明瞭です。静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹

  • 【行政×ナッジの可能性3】感染症対策×ナッジ 2023/07/18 10:00

     風疹の流行を防ぐため、厚生労働省は2019年度から追加的対策を進めています。ターゲットは、制度の狭間で公的予防接種の対象から外れた40~60代の男性。この年代の男性の抗体保有率が低いため、先進国では大変珍しいことに、日本は風疹の集団免疫を獲得できていません。そこで、抗体検査や予防接種の無料クーポンを発行し、自治体を通じて郵送することで検査や予防接種を促しています。また、追加的対策の一環で、大阪大学の研究チームがナッジを活用したリーフレットを作ってクーポン券郵送時に同封するなど自治体での活用を呼び掛けています。PolicyGarage事務局/慶応大学看護医療学部特任助教 赤塚永貴