2023/令和5年
924日 (

コラム 【シティプロモーション再考2】根拠は何か 2023/02/21 11:00

関東学院大学法学部准教授・社会構想大学院大学特任教授 牧瀬稔氏

関東学院大学法学部准教授・社会構想大学院大学特任教授 牧瀬稔

 今回から全国の自治体を対象としたシティプロモーションに関するアンケート調査の結果を記します。注目すべき設問と回答を抽出し、私の見解を述べます。それぞれを確認した後で、読者なりに考えていただけたら幸いです。

▽関連する条例の有無

 シティプロモーションに関する条例の有無を確かめました(図表1)。制定しているのは4市町村(0.9%)で、していないのは422市町村(99.1%)でした。

 シティプロモーションに関して条例制定は必須ではありません。ただし、政策の内容を明確にし、議会の議決を経て自治体の意思とするならば、意義は大きいと考えます。こうした条例を用意することで、自治体の「やる気」を垣間見ることもできます。

図表1 シティプロモーションに関する条例の有無

 今回の回答と関係ありませんが、幾つか事例を紹介します。条例名にシティプロモーションが入っているのは「四日市市観光・シティプロモーション条例」(三重県四日市市)や「有田市観光・シティプロモーション条例」(和歌山県有田市)です。

 四日市市条例は「市の都市イメージの向上及び市民が地域を誇らしく思う心の醸成を図るとともに、その魅力の創造と発信によって、市外からの交流人口や定住人口の増加を促進し、もって、産業と環境、産業と文化が調和した都市として、持続的な発展に資する」ことが目的です(第1条)。

 有田市条例は「市のイメージ向上及び市民が地域を誇らしく思う心の醸成を図るとともに、その魅力の創造と発信によって、市外からの交流人口や定住人口の増加を促進し、もって、産業と歴史、産業と文化が調和したまちとして、持続的な発展に資する」ことが目的です(第1条)。

 条例名ではなく、条文にシティプロモーションの記述が見られるのは「坂戸市イメージキャラクター条例」(埼玉県坂戸市)や「吉川市における幸福実感向上を目指したまちづくりのための産業振興基本条例」(同吉川市)などです。

 坂戸市条例は前文で触れています。一部を抜粋すると「市民一人ひとりが希望と誇りをもって坂戸の魅力を発信し、市民と行政が一体となって市のイメージキャラクターを活用し、市内外にシティプロモーション展開することにより、郷土愛を広げ本市発展に資する」とあります。

 吉川市条例は第4条の基本的方針に出ています。同条第14号が「産業を通したシティプロモーションを行うことにより市民の郷土愛を育むこと」となっています。

 相模原市は「さがみはらみんなのシビックプライド条例」を制定しています。条例名にシビックプライドという言葉が入っており「相模原市に対する誇り、愛着及び共感を持ち、まちのために自ら関わっていこうとする気持ちのことをいいます」と規定しています(第2条第1号)。条例の前文を公式ホームページのPDFで「縦読み」すると、隠しているキーワードが読み取れます。全体的に市民目線で特徴的です。

 奈良県王寺町の「王寺町まちづくり基本条例」の前文には「町民一人ひとりがまちを愛し、誇りに思うと同時に、まちづくりの担い手としての自覚と責任を持って主体的に行動する意識『シビックプライド』を育み、協働によるまちづくりを推進する必要があります」(一部抜粋)と、シビックプライドが記されています。

 幾つか条例を紹介しましたが、制定している市町村は全国的に極めて少ない状況です。個人的には本気でシティプロモーションを進めるならば、条例はあった方がよいと考えます。なぜならシティプロモーションの継続性が確保されるからです。予算の根拠にもなります。

▽総合計画、総合戦略への明記

 条例に位置付けていないのならば、総合計画などで明確化している可能性があります。そこで総合計画、総合戦略のシティプロモーションの有無を確認しました(図表2)。総合計画や総合戦略にシティプロモーションに関する項目があるのは263市町村(61.7%)です。一方で163市町村(38.3%)は明記していません。

図表2 総合計画、総合戦略への「シティプロモーション」明記の有無

 シティプロモーションの目的として、特に定住人口の維持を盛り込む市町村が多くなっています。次いで交流人口、関係人口の順になります。

 問題提起の意味を込めて、あえて極論します。日本の人口が減少する中で61.7%の市町村が「定住人口の維持」を掲げてシティプロモーションを進めています。すなわち、これだけの市町村が定住人口の獲得を目指して、お互いに刺し合っていると言えます。

▽マイナスサム状態に

 どこかの市がシティプロモーションで定住人口を増やしたのならば、別の市で人口が流出します。このような状況をゼロサム(zero-sum)状態と言います。ゼロサムとは「合計するとゼロになる」ことを意味します。一方の利益が他方の損失になります。勝ち組がいれば負け組も出てきます。

 ところが、実際はそうなりません。なぜなら日本の人口が減っているからです。全体が縮小しつつある状況では、マイナスサム(minus-sum)状態となります。マイナスサムの意味は「合計してもマイナスになる」ことです。まさに、シティプロモーションを軸に、仁義なき戦いを繰り広げていると言えます。地方創生もそれに拍車を掛けています。

 定住人口に限らず、交流人口(観光客)も同様です。可処分所得が増えなければ、ある市で観光消費をした場合、別の市での観光を控えます。消費支出を抑制するからです。

 このような無益な戦いに気付いた市町村は、シビックプライドなど別の取り組みに移行しつつあります。シビックプライドに関しては、別の機会に言及します。(了)

◇牧瀬稔(まきせ・みのる)氏のプロフィル
法政大学大学院人間社会研究科博士課程修了。博士(人間福祉)。民間企業や神奈川県横須賀市都市政策研究所、財団法人日本都市センター研究室、財団法人地域開発研究所研究部などでの勤務を経て17年から関東学院大学法学部准教授。19年から社会情報大学院大学(現社会構想大学院大学)特任教授。公的活動としては、東京都新宿区や岩手県北上市、栃木県日光市、愛媛県西条市など多くの自治体でアドバイザーをしている。

【シティプロモーション再考】

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