2023/令和5年
325日 (

コラム 【新連載】【行政×ナッジの可能性1】自治体での広がり 2023/02/08 17:00

慶大特任助教 赤塚永貴氏

特定非営利活動法人PolicyGarage事務局/慶応大学看護医療学部特任助教 赤塚永貴

 「ナッジ(nudge)」という言葉を、皆さんはご存じでしょうか。聞いたことがない方は基礎知識や行政現場での活用事例を紹介した、このサイトの前の連載「ナッジ入門編」を、ぜひお読みください。

 私が所属するNPO法人PolicyGarage(略称ポリガレ)は、ナッジをはじめとする行動経済学・行動科学の手法を、地方自治体の現場に広げるため日々トライし続けています。以前の連載も「ナッジを行政現場で働く皆さんに知ってもらいたい!」との思いから始まりました。

 新連載「行政×ナッジの可能性」は、ナッジを現場にもう一歩広め「毎日の業務に使ってみたい!」という意欲を後押しするのが狙いです。行政分野の関心事・ホットトピックスをテーマとして取り上げ、それらに関わる事業・業務や課題解決にどのように使えるのか考えていきたいと思います。

 初回は、自治体でのナッジ活用の今をお伝えします。

♢現場に広がるナッジ

 ナッジは「人々の選択肢を奪うことなく、環境を整えることで、本人や社会にとって望ましい行動をするようにそっと後押しする手法」(リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン共著・遠藤真美訳「実践行動経済学」日経BP)と定義されます。特徴は「行動や選択に関わる環境に働きかける」「強制や命令によって、選択の自由を奪わない」「金銭的なインセンティブ(動機付け)に頼らない」点にあります。

 この特徴から考えると、ナッジを含んだ政策や取り組みは、ナッジという言葉が発明される以前から存在しているのです。皆さんの日々の業務の中にも、ナッジと言える活動は既にあるのではないでしょうか。

 世界的には、初めて政府公式にナッジの政策活用を推進する組織(ナッジユニット)を設置した英国行動インサイトチーム(BIT、The Behavioural Insights Team)をはじめ、各国で200以上のユニットが活躍しています。世界銀行や米国のハーバード大学、カナダのトロント大学といった非政府組織にも広がりを見せています。国際的に見てもホットなトレンドです。

♢行政でのナッジ展開

 日本では2017年4月、日本版ナッジユニット(BEST、Behavioral Sciences Team)が発足しました。BESTは、事務局の環境省イニシアチブの下、関係府省庁や自治体、産業界や有識者から成る産学政官民連携のオールジャパンの取り組みであり、幅広い分野の課題解決に向けた行動科学の利用について検討を進めています。また、19年には経済産業省にMETIナッジユニットが設置され、エネルギー施策・中小企業施策などの分野でナッジ活用を試みています。

 自治体による初めてのナッジユニットは19年に設置された横浜市行動デザインチーム(YBiT、Yokohama Behavioral insights and Design Team)です。YBiTは、「市民や社会にとって真に効果的な行政サービスの提供」をミッションに据えた、横浜市職員有志中心の組織です。

 自治体ナッジユニットは、YBiT設立後、岡山県(岡山県版ナッジ・ユニット)、茨城県つくば市(つくばナッジ勉強会)、北海道(北海道行動デザインチーム、HoBiT)などで続々と立ち上がり、数を増やしています。図は、各地での設置状況を表しています(ポリガレ作成)。23年2月現在、ポリガレが把握する数は、北は北海道から南は鹿児島県まで14団体です。

自治体ナッジユニット設置状況

 もちろん、組織化の有無に限らず、ナッジに取り組む自治体職員の方々も多く、東京都八王子市や京都府宇治市などで先進事例もたくさん生まれています。また、税務、ごみ削減、防災、健康づくり、感染症対策と、さまざまな分野で試みられています。行政でのナッジは、全国各地でまさに浸透しつつあると言えます。

♢自治体×ナッジを学ぶ

 これまでお伝えした通り、既にナッジは国際的には広く行政政策・施策に役立っていますが、海外と比較すると日本では手探りの段階です。効果的な活用方法に関する知識の蓄積も始まったばかりで、情報も豊富とは言えません。興味はあっても、何から調べたらいいのか分からない方も多いのではないでしょうか。

 そこで、自治体職員が学びたいと思った時の参考となるウェブサイトを幾つか紹介します。

♢参考のウェブサイト

 前の連載「ナッジ入門編」 で、既に自治体の事例を紹介してきました。担当の職員が各回を執筆しているため、生の声を読むことができる点が特長です。

 環境省と行動経済学会は「ベストナッジ賞」 として、社会や行政の課題解決に向け、ナッジなどの行動科学を活用した取り組みを表彰しており、行政機関をはじめ優れた活動を確認できます。

 加えて、同学会と大阪大学社会経済研究所、ポリガレによるウェブサイト「自治体ナッジシェア」 で、分野別に整理された事例集やツールを閲覧できます。ぜひ参考にしてください。

 次回から、行政×ナッジの可能性を分かりやすく一歩踏み込んだ内容でお伝えしたいと考えています。(了)

◇赤塚永貴(あかつか・えいき)氏のプロフィル
2015年に横浜市へ入庁、福祉保健センター高齢・障害支援課に勤務(保健師)。18年に大学院へ進学し、在学中に特定非営利活動法人PolicyGarageに参画し、自治体への事例支援などを担当する。現職は慶応義塾大学看護医療学部特任助教。。

「ベストナッジ賞」コンテスト2022の結果へのリンク
→ https://www.env.go.jp/press/press_01069.html

「自治体ナッジシェア」へのリンク
→ https://nudge-share.jp/

PolicyGarageへのリンク
→ https://policygarage.or.jp

行政×ナッジの可能性

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