2023/令和5年
128日 (

コラム 【行政×ナッジの可能性2】自治体職員×ナッジ 2023/04/26 11:00

慶大特任助教・赤塚永貴氏(上)と宮城県行政経営推進課・伊豆勇紀氏

特定非営利活動法人PolicyGarage事務局/慶応大学看護医療学部特任助教 赤塚永貴

 「行政×ナッジの可能性」は、行政現場のホットトピックスがテーマです。事業・業務や課題解決にナッジをどう活用できるのか考えていきます。

 2回目のテーマは「自治体職員×ナッジ」です。自治体職員が学ぶ意味や、業務に活用するとどんな良いことがあるのか、宮城県総務部行政経営推進課に勤務し、東北初の自治体ナッジユニット「宮城県行動デザインチーム」(MyBiT=Miyagi Behavioral insight design Teamの略)を立ち上げた伊豆勇紀さんにお話を伺います。

♢少しの工夫で行動変容

 赤塚:ナッジに取り組んだきっかけを教えてください。

 伊豆:行政改革や業務改善を担当しており、テレワーク推進をはじめ庁内のデジタル化などに取り組んでいます。たまたま読んだ行動経済学の書籍にナッジの紹介があり、自分の業務にも応用できるのか興味を持ちました。少しの工夫で行動変容を促せるのが面白いと思いました。「何となくいい」と思われていた経験則や暗黙知による創意工夫が体系的に整理されており、情報発信にも使えそうだと感じました。

 赤塚:確かに、行政現場で活用できるフレームワークが多く整理されています。

 伊豆:実践手法を学んで気付いたのは、ナッジはアイディアを思い付く部分より、ユーザーを起点とした課題分析が大事な点です。横浜市の特定保健指導の受診率向上のために改善したのは、チラシではなく封筒でした。担当者が電話で聞き取りして、封筒を開けていない人が多いことに気付いたようです。課題が明確でないと、効果のない取り組みになるかもしれません。

 赤塚:封筒が開封されないと、ナッジを使ってもチラシを見てくれません。

 伊豆:学びを深めると、EBPM(証拠に基づく政策立案)のきっかけづくりになると分かりました。ナッジの効果は、環境に依存して変わるため、実際に確認する必要があります。封筒やチラシの改善でも、統計的に厳密な手法で効果検証されていました。行政改革でも、効果がないことを続けていないか見直すことが大事です。専門的な言葉が前面に出ると「難しそう」「予算が削られるのではないか」という反応になりそうで悩みました。一方、ナッジは実践手法の中に効果検証が組み込まれており、身近な業務で適度な楽しさを保ちながら、自然とEBPMを推進できるのも魅力です。

 赤塚:ユーザーを起点とした分析もEBPMも、DX(デジタルトランスフォーメーション)に重要な視点ですね。

♢業務への活用と組織への広がり

 赤塚:どのようにナッジを学んだのですか。

 伊豆:関連書籍を読んだり、インターネットで調べたりしました。公平性や倫理性への懸念がありましたが、初めはそのような知見をまとめたものがなく、活用している自治体の話を聞いてみたいと思い、PolicyGarageの研究会に参加しました。全国の自治体職員から実践の工夫を聞けたり、研究者と意見交換できたり、とても刺激を受けました。全国での仲間づくりへの情熱が広がり、今では運営メンバーとして、情報収集に苦労した経験も生かしながら、事例や知見を蓄積するウェブサイト「自治体ナッジシェア」の構築をしています。

 赤塚:どのように業務に活用されましたか。

 伊豆:業務効率化の情報発信にナッジのフレームワークを取り入れました。業務のプロセスマップを作成した上で、内容を詰め込まず、シンプルにしたり、表現を変えたり、見てもらいやすいタイミングを考えたり、試行錯誤を重ねました。最初は身の回りから始めました。だんだん、ナッジを切り口にDXも含めてユーザー起点の政策形成やEBPMの推進にも有効だと思うようになりました。庁内でナッジの研修を開いたら300人を超える参加者があり、関心の高さから、その考えを強めました。そして、仲間づくりをして、県庁でもチームでの活動が一番だと思いました。

 赤塚:東北初の自治体ナッジユニットMyBiTですね。

 伊豆:6人で設立準備チームをつくり、ミッションやビジョンの検討や試行的なチラシ改善を始めました。その後、全庁でメンバーを集め、現在は20人が庁内副業として月15時間を目安に活動しています。メンバーを募ってみると、デザインが得意だったり、統計ソフトでデータ分析ができたりするなどスキルと熱意を持った方々がおり、衝撃を受けました。ずっと大切にしているのは「チームのミッション」と「メンバーが活動を通して実現したいミッション」とのすり合わせです。ナッジはあくまでも課題解決の一手段です。どのような政策や組織、社会を実現したいかをチームで議論してふに落ちなければワクワク感を持てません。

 赤塚:MyBiTはどんな取り組みをしていますか

 伊豆:職員アンケートの改善などを進めたり、県内市町村の職員と合同で献血促進のワークショップも開いたりして交流や連携を深めています。今後、国・県・市町村の職員の合同勉強会や、外部組織と連携した実装支援をしたいです。メンバー同士の研さんも欠かせません。ナッジ関連の図書リストを作り、図書交流スペースを介して貸し借りして学びを深めています。

♢協働できるテーマ

 赤塚:自治体職員がナッジに取り組む意味は何でしょうか。

 伊豆:仕事をより良くするコツを知ることができるのに加え、効果を見える化し、実際の行動や声を踏まえながら、改良を重ねる流れを少しずつ経験できるのがいいですね。このプロセスこそ自治体DXにも必要なはずです。また、組織的に進めれば、職員のスキルや強み、潜在力を発揮できる可能性もあります。市町村との勉強会やPolicyGarageの活動を通じ、ナッジは、気候変動や感染症対策などの共通課題への解決手法として、自治体職員同士が気軽に相談し、協働できるテーマだと感じます。住民と接する機会が多い職員がつながり、効果的な手法の知見を共有すれば、日本全体にも必ずいい影響があるはずです。

 赤塚:ナッジ関連の知識は、自治体職員に役立つ一方、試行錯誤も多いでしょう。だからこそナッジをきっかけに協働して社会課題を解決していく意義は大きいですね。ありがとうございました。(了)

◇赤塚永貴(あかつか・えいき)氏のプロフィル
2015年に横浜市へ入庁、福祉保健センター高齢・障害支援課に勤務(保健師)。18年に大学院へ進学し、在学中に特定非営利活動法人PolicyGarageに参画する。現職は慶應義塾大学看護医療学部特任助教。本連載のコーディネートを担当。
◇伊豆勇紀(いず・ゆうき)氏のプロフィル
2016年宮城県庁に入庁、同県気仙沼市観光課派遣などを経て行政経営推進課。22年に宮城県行動デザインチームMyBiT設立。PolicyGarageでは、自治体ナッジシェアの管理・運営や全国で研修講師などを務める。

大阪大学社会経済研究所、行動経済学会、PolicyGarageによる自治体職員向けナッジ・ポータルサイト「自治体ナッジシェア」へのリンク
→ https://nudge-share.jp/

PolicyGarageへのリンク
→ https://policygarage.or.jp

行政×ナッジの可能性

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