コラム 【行政×ナッジの可能性3】感染症対策×ナッジ 2023/07/18 10:00

特定非営利活動法人PolicyGarage事務局/慶応大学看護医療学部特任助教 赤塚永貴
風疹の流行を防ぐため、厚生労働省は2019年度から追加的対策を進めています。ターゲットは、制度の狭間で公的予防接種の対象から外れた40~60代の男性。この年代の男性の抗体保有率が低いため、先進国では大変珍しいことに、日本は風疹の集団免疫を獲得できていません。そこで、抗体検査や予防接種の無料クーポンを発行し、自治体を通じて郵送することで検査や予防接種を促しています。また、追加的対策の一環で、大阪大学の研究チームがナッジを活用したリーフレットを作ってクーポン券郵送時に同封するなど自治体での活用を呼び掛けています。
今回は、リーフレット作りをリードした同大感染症総合教育研究拠点・行動経済学ユニットの佐々木周作特任准教授に、ポイントや実際の活用についてお聞きします。
♢誤解や思い込みへの対処
赤塚:リーフレット作りの経緯を教えてください。
佐々木:風疹は、新型コロナウイルスや季節性インフルエンザと比べると、多くの人が日常的に意識し対策している感染症ではないという特徴に注目しました。44~61歳の男性に、いきなり「風疹の抗体検査を受けましょう。予防接種を受けましょう」と伝えても、なぜ自分が対象になっているのか、すぐに理解できないでしょう。リーフレット作りの準備として、抗体検査や予防接種を受ける必要性や風疹の社会的なリスクを彼らがなかなか理解しづらい要因を、行動経済学の知見を踏まえて分析する必要があると考えました。
赤塚:確かに、受けましょうとただ言われるだけでは「抗体検査や予防接種を受けよう」とはならない気がします。この点について、どのように対応されましたか。
佐々木:対象の40~60代の男性がどのような認識を持っているのか、事前調査しました。その結果、この年代の男性は、実際は公的予防接種の対象外であったにもかかわらず、2人に1人が「子どものころに風疹の予防接種を受けたことがある」と認識していることが分かりました。水痘(水ぼうそう)やはしかといったその他の感染症と区別できていない方々が一定割合いることも分かりました。抗体検査や予防接種を促すには、まず風疹に対する「誤解」や「思い込み」に対処する必要があると判断し、それを踏まえてリーフレットなどのナッジメッセージを検討しました。
赤塚:思い込みに着目されたのですね。調査結果を踏まえた具体的なナッジメッセージを教えてください。
佐々木:封筒からリーフレットを取り出したとき、最初に目に入る上側の部分に「風しん の抗体を持っていると思い込んでいませんか?」というメッセージを大きく掲載しました。クーポン券の郵送用封筒の表にも同様のメッセージを記載しました。
♢効果的なメッセージ

「自分は既に抗体を持っているはず」という認識が誤解や思い込みである可能性に気付いてほしいという意図からです。メッセージのすぐ下には、具体的な理由を二つ示しました。「予防接種を受けたことがあるはず」「昔かかったから抗体を持っているはず」と決めてかかっている対象者は、これを読むことで自分の認識が誤解や思い込みである可能性に気付きやすくなるはずです。
事前の試験の結果から、このナッジメッセージを活用したリーフレットは抗体検査を受けてみようという意欲を高め、検査を受ける行動も促すことが分かっており、効果的なメッセージだと言えます。

赤塚:リーフレットは、どのように活用されていますか。
佐々木:神奈川県茅ケ崎市や大阪府東大阪市など複数の自治体で23年度のクーポン券の郵送時に同封されました。他の自治体での検討も進んでいます。
リーフレット以外に広報動画も作りました。動画は2種類(オフィス編とウェディング編)で、YouTubeで公開されています。再生数はそれぞれ、オフィス編(https://youtu.be/3ERXIr885lA)が181万、ウェディング編(https://youtu.be/JE3FTVkKLxw)が53万回(と大きな反響を呼んでいます。大阪府の協力で、大阪モノレールの車内デジタルサイネージでも放映され、多くの方に知ってもらうきっかけになっています。
赤塚:既にいろいろな活用が始まっていますね。読者の自治体の方々にもぜひ活用の検討をしていただきたいです。これ以外に、今回のリーフレットや動画について解説したガイドブックも制作されていますね。
佐々木:私たち研究者はナッジの資材を提案できますが、実際に対象者に届けられるのは自治体職員や保健師の皆さんです。そこで、今回のケースでなぜナッジの視点が重要なのかを伝えるため、ガイドブック「自治体職員・保健師のためのナッジ活用術~風疹の集団免疫を獲得せよ~」(https://www.cider.osaka-u.ac.jp/plus-cider/rubella-2023-03/)を作りました。自治体職員や保健師の方々が「行政や保健の現場の課題にナッジを使ってみたい!」と思ったときにまず開いてもらえる内容を目指し、できるだけ分かりやすい内容にしました。読者の皆さんはもちろん、周りにナッジへの関心がありそうな方がいらしたら、ぜひお薦めください。
赤塚:今回のテーマは風疹ですが、対象者の思い込みや誤解をそっと正しい認識へ導くためのナッジは、さまざまな分野や事業でも応用できるのではないかと感じました。ありがとうございました。(了)
- ◇赤塚永貴(あかつか・えいき)氏のプロフィル
- 2015年に横浜市へ入庁、福祉保健センター高齢・障害支援課に勤務(保健師)。18年に大学院へ進学し、在学中に特定非営利活動法人PolicyGarageに参画する。現職は慶應義塾大学看護医療学部特任助教。本連載のコーディネートを担当。
- ◇佐々木周作(ささき・しゅうさく)氏のプロフィル
- 京都大学経済学部を卒業後、三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。退職後、大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程で博士号(経済学)を取得。東北学院大学経済学部准教授を経て現職。行動経済学会の理事とともに、ベストナッジ賞(行動経済学会・環境省共催】の選考委員長を務める。
大阪大学感染症総合教育研究教育拠点ホームページへのリンク
→ https://www.cider.osaka-u.ac.jp/rubella/
リーフレット・ポスターの文言の調整対応は可能。大阪大学感染症総合教育研究教育拠点・行動経済学ユニット(ssasaki.econ [at] cider.osaka-u.ac.jp)まで( [at] を@に)
PolicyGarageへのリンク
→ https://policygarage.or.jp