コラム 【現場力を高める3】自ら「育む」で経営強靭化 2023/10/24 10:30

静岡県藤枝市人財育成センター長 山梨秀樹
▽本質的な課題と向き合う
プレーヤーとしての仕事に追われてマネジメント業務ができない。「あの上司の下では働きたくない」と公言された。部下が「うつ」になった。新人がすぐに辞めてしまう。職員が管理職になりたがらない…。いずれも管理職が直面する課題の典型例であり、それらの解決策をガイダンスする書籍もたくさん出ています。
個別に対応する必要があるのはもちろんですが、そもそもなぜそうなったのか。そうならないために職場、組織がどうしたらよいのかを考えるべきです。ケースごとの対症療法だけでなく、本来の役所経営のあり方を、一部の経営陣だけでなく、極力多くの職員が参加して探るのです。
私はどの個別課題も、職場の空気、醸し出す雰囲気、組織の風土と経営のあり方に起因すると考えています。そこに具体的な改善を施さなければ、今後も同様の事案が次々に起こるでしょう。「もぐらたたき」の対応では、本質的な課題は解決しません。そして解決に向けた挑戦は、ヒトの育成戦略に直結します。
▽「育てる」から「下支え」へ
職員の心が安定し元気に働ける。その活力源はやりがいと生きがいです。ヒトの育成は組織の内部管理の問題ではなく、住民生活の満足度アップに向けた自治体の基本的な経営戦略なのです。
職員が自発的に自らの育ちを進められるよう、組織と管理職が常に積極的に関わることが大事だと思います。経営者側の「上から」目線で職員を「育てる」のではなく、職員が成長・進化を実感できるよう、組織が丁寧に「下支え」する。各自のキャリア形成に最大限注力し、一人ひとりの職業人生に寄り添った支援体系をつくるべきです。
誰もが入庁当初、「自分はこんなことをしてみたい」「これに力を入れたい」と考えていたと思います。それは今も、職員の胸の中にあるはずです。「かくありたい」自分の姿は若いうちに実現できた方がいいし、その道筋は早くからある方が、職員は活気づきます。
役所が職員の人生設計に立脚した育成の考えを分かりやすく示し、組織全体で共有します。そして一人ひとりに伴走し、各自のキャリア形成を随時、具体的に手助けします。具体的な方法はたくさんあります。若手による職場改善の実践、地域での講演などさまざまな活躍の場づくり、上司による定期的な面談や日常的な声掛け(雑談を含む)、部局を越えた相談体制の整備、多様な階層別研修、ポストの公募制度や計画的な人事異動、テーマ別の職員表彰などです。
ただし、いずれも管理職が職員の背中を押し、支えていく必要はあります。藤枝市は職員大成の理想的なパターンを例示・公表した上で、この取り組みを15年以上続けており、当初の若手がもうじき管理職に到達します。とても楽しみです。
▽褒めて終わりではなく
高い職位に就くまでは自分のやりたいことができないと考えたら、若手の士気は上がりません。例えば部局横断的に若手有志が改革チームをつくり、課題を見つけて戦略を首長に提案する。できるものから順次、関係課が事業化して実施する。こうした庁内サイクルが出来れば士気がアップします。首長と管理職の理解、協力が不可欠ですが、稟議制だけで施策を立案するより企画の幅が広がり、内容も豊かになります。
多くの自治体が職員提案制度を実施していますが、提案止まりのケースも多いようです。「よくできているね」と幹部が褒めただけで終わるなら、何のための提案制度か分からず意味がありません。
報道機関への情報提供や記者への説明なども、課長より担当職員が直接行う方が、詳細な中身や担当者の思いが伝わって記者も納得します。若手が前面に出て活躍できる舞台をできるだけ多く設けることが、組織全体の元気、活力を引き出すことになります。自ら考えた案を庁内調整し、地域に説明し、その思いを事業として開花させ、堂々と発信する。職員が早くから自分で仕事をマネジメントし、自らの人生を経営できる環境を、組織を挙げてつくるべきだと思います。
▽トライ&エラーの薦め
営農家は、自分がコメや野菜を育てているのでなく、自ら育ってくれるのをお手伝いするだけだと言います。「育てる」のでなく「育む」というわけです。
せっかくの公務員人生ですから、若いうちから何でもやってみる。まずはトライアルで、それを組織と管理職が四の五の言わずに推し続けることが大事ではないでしょうか。職員が自ら育めるよう、組織が総力で各人の士気を上げる、または下げない取組みを続けるべきだと思います。
人から教わったことはすぐ忘れますが、自分の発意でやり始め、成功や失敗をして学んだことは、生涯忘れません。何度も考えて試し、うまくいかず考え直し、またやってみて一つひとつ体得する。そうして公務の得心に至るのではないでしょうか。
「自分のキャリアは自分がつくる」をベースとした育成方針と管理職の行動で、どの自治体でも実行できます。できないのではなく、やっていないだけです。(了)
- ◇山梨秀樹(やまなし・ひでき)氏のプロフィル
- 1983年静岡県庁に入り、旧総理府(現内閣府)地方分権推進委員会事務局、静岡県総務部合併支援室、藤枝市行財政改革担当理事、同市副市長、静岡県理事(地方分権・大都市制度担当)などを経て、2019年4月から藤枝市理事。同年6月、人財育成センター長に就任。人財育成に関する論文、寄稿などを発表するほか、公務員の「言葉力」をテーマにした研修・講演の講師などを務める。